dochikoさん
女性/60代
居住地:パリ
/現地在住歴:1993年12月から
気になってしょうがないので、お力を貸してください。
chatGPTに聞いても答えは出ませんでした。
1999年4月のパリ、エッフェル塔に行くまでに中華料理(飲茶)を食べました。
そのお店を知りたいのです。
その当時の私には、人生で食べた最も美味しい中華だったのです。
今でも、自分が食べた中華(飲茶?)美味しいランキングの三位くらいには入ります。
降りた駅は恐らく「ビル・アケム」駅か「モットピケ・グルネル」駅。
駅を降りてから左手に高架、右手にお店が連なり、駅を降りてから少し下った(少しだけ下り坂)ところにその中華屋さんはありました。
お店は少しだけ階段があり、呼び込みのおじさんがいて二人で153フラン(3623円)でした。
お店は一階です。
すごく広くはなく、テーブル席が10ほどでしょうか。
ボックス席っぽい感じの席がありまして、私はそこに通されました。
茶色っぽいお店で銀色の長いお箸で食べました。
お客さんは西洋人(白人)も多かったです。
Google Earthでもそれらしきお店はなく、恐らくなくなっているか違うお店になっているかだとは思います。
私は京都在住ですが、京都も様変わりしていますから、仕方のないことだと思います。
1999年のパリは、日本人の若い私にもすごく優しかったのです。
そのお店で日本人は私たちだけでした。スタッフの方は優しかったです。
その日はミラノからパリに移動した日で、シャルルドゴールに着いたのは1999年4月4日日曜日、13時40分、一旦ホテルに連れて行ってもらって荷物を置いてからホテルのあるバラール駅から出かけました。
問題の中華料理を食べてエッフェル塔に着いて写真を撮っているのは17時頃、遅めのランチを16時頃食べたものと思われます。
パリに着いて初めて撮った写真がこれです。
(昔は食事のお店で堂々と写真を撮って良い文化がなかったのですが、撮るべきだった。)
どうか、パリ好きの皆様、お力を貸してください。
よろしくお願いいたします。
追伸:Googleearthではかなり調べました。しかしGoogleearthで前にさかのぼっても
新しくて2014年程度。
ChatGPTによると、1999年はパリ、メトロの大規模改修プログラムが開始された年(この記憶は合っていました。)当時は呼び込みを含む、その手の店が多かった。(この記憶も正しいよう)、また2000年以降「段差をなくす」工事が劇的に進んだ為、当時の階段(段差)はなくなっている可能性が高いそうです。
そして景観保護規制により、外装の色も塗り替えられている可能性が高いとか・・・。
そうなってくるともはやGoogleearthを見ても、当時の面影はないのかも知れません。
はじめまして!パリ在住のロコ、dochiko と申します。
私はパリ在住35年で15区に住んでおり、その辺りのエリアは毎日のように通ります。店の移り変わりは激しく、数年単位でどんどん新しい店に変わっていきますので、27年前の店が残っているのはごく僅かです。従って、仰るようにお探しのお店も現在残っている可能性は非常に少ないかと思われます。
ちなみにバラールのホテルもかなり以前に廃業し、ずっと空き家になっていましたが、つい最近になってやっと新しいホテルがオープンしました。
それでももしお力になれればと、ご記憶を頼りに探してみようと思ったのですが、まずこの辺りはほとんど平地で該当の坂道が思い当たりません。
また、銀の箸は韓国特有のもので、15区はパリ有数の韓国人街で、韓国のお店がたくさん集まっています。もしかして、韓国人の方が営業されていた可能性があります。今でこそ韓国料理も人気が出て、フランス人にも認知されてきましたが、当時はまだ韓国料理はメジャーではありませんでしたので、中華料理も提供していた可能性があります。
お役に立てず申し訳ございませんが、お探しのお店が見つかりますことを願っています。
2026/02/24 08:43
こんにちは!
ご自身の美味しい中華ランキング3位の中華料理店、すごく気になります....!
そもそもパリは美味しい中華が意外と少ないのです。
パリは意外とお店の変遷が早く、25年前のお店だと
なくなっていたりオーナーが変わっているお店が多いです。
ただ、そこまで美味しい中華ですと
当時の在仏日本人の間でも話題だったはずですので、
長年在住している方に会ったら、聞いてみますね!
そこのシェフが今はどこどこの店にいる、とか、
それはあそこのお店の前身、などの情報があるかもしれません。
こういう話題、探偵ナイトスクープみたいで楽しいですね^^
2026/02/24 19:56
kazuko_15さま
はじめまして、昔の美味しかった思い出が強く残っていらっしゃるようですね。
ご質問内容拝見させていただきましたが、わたしはまだその頃パリに住んでいなかったため、当時の情報ではございませんのでご参考までに。
おそらく当時も今もBir-Hakeim の駅周辺に中華料理店はほとんど無いので、Motté-picquetの駅からほど近い「Lido Restaurant Chinois 」ではないかと…違うかもしれませんが。
店内も木で茶色い感じですし1階(フランス式RDC ゼロ階)にあります。
住所は、1 Rue d'Ouessant 75015 Paris
Google mapでご確認されると宜しいかと存じます。
15区は昔から庶民的で、中華料理店やアジア系デリも多くある地域です。
昔からキムチを手作りして販売されている韓国の方のお店があったりするので。
素敵な思い出旅行になることを、願っております。
Marion
2026/02/23 21:56
こんにちは。
そうですね、ご想像通り、パリはあれからだいぶ変わりました。
私は1998年からパリにおりますが、当時からあるお店、それも様子ががそのまま残っているお店というのはだいぶ少なくなりました。
お話の位置関係からいって、可能性がありそうなお店をいくつか、
挙げたのは、90年代以前からあり、見た目が変わってなさそうなお店ではありますが、
30年近く経っていますから、代替わりしてお料理が代わっているとか、
掲載されている写真で何か面影が見つかるかどうか。。
もしその思い出のお店に出会えたら、素敵ですね!
ご参考になれば幸いです。
紫月
この界隈、中華屋さん、多いんですね。
3つ目の店の写真にあるメニューは、古くからある温州系の中華屋のほとんどで使われている定型ファイルで、最近まであちこちでみられたのですが、一つ目のように写真入りのパウチに変えたところが多いのです。
こちらはどうですか?「ビル・アケム」駅と「モットピケ・グルネル」駅の間にもう一つ、Duplexという駅があって、そこから少し下っていく商店街の道にあるみたいなんです、もしかしたら。
表向きも最近の外装ですし、なにより、醤油が勝った黒いスープって京都の方はお好きじゃないですよね?笑
https://www.google.com/maps/place/Restaurant+JIA+YAN/@48.851561,2.2909772,17z/data=!4m6!3m5!1s0x47e6701be088c4b5:0x706e4ab78116b872!8m2!3d48.8510033!4d2.2932893!16s%2Fg%2F11bw21620p?entry=ttu&g_ep=EgoyMDI2MDIxOC4wIKXMDSoASAFQAw%3D%3D
2026/02/24 01:39
kazuko_15さん
初めまして、こんにちは!
私がパリに来たのは1998年ですが、その頃はまだフランでお支払いでしたね〜。
通常ならばここはアテンドなどに関するお問い合わせコーナーですが、懐かしくなってちょっと調べてみました。
さて、私は15区に住んだことがないので想像でしかありませんが、当時、15区の日本料理店オーナーと知り合いだったので、パリの他の地域よりは頻繁に行き来し多少土地勘があります。とはいえ、当時のレストランのことまではわかりませんので、以下は推理と想像になります。
>降りた駅は恐らく「ビル・アケム」駅か「モットピケ・グルネル」駅。
とありますが、まず確認です。
ビル・アケム駅は6番線で、8番線のバラール駅からは直通ではありません。モットピケ・グルネル駅で6番線に乗り換えたということでしょうか?だとしても、この駅付近には中華屋はないので、ここで降りたのではないでしょう。でも、バラール駅から8番、その後6番に乗り換えた、という記憶があるなら・・・
>駅を降りてから左手に高架、右手にお店が連なり、駅を降りてから少し下った(少しだけ下り坂)ところにその中華屋さんはありました。
>すごく広くはなく、テーブル席が10ほどでしょうか。
6番に乗り換えしてエッフェル塔方面の次がデュプレックス駅。ここで降りたのではないですか?駅を出て右に少し行ったところ(左手に高架、右手にお店がいくつかある通り)に、現在のグールグマップ情報で小さな中華惣菜屋XIN JILIがあります。
ここが位置的にkazuko_15さんの食べたお店だった可能性はないでしょうか?
でも、一つだけ気になることがあります。それは
>茶色っぽいお店で銀色の長いお箸で食べました。
「銀色の」長いお箸で食べた、とありますが、中華屋で出されるのは、どちらも日本の端より長い象牙もどきの白っぽいプラスチック箸か丸割り箸です。もし「銀色」だったとしたら、それは韓国人のお店ではなかったかと思うのです。
99年当時はまだ、現在のように韓国人のアイデンティティが低く、身分を明かして韓国料理の看板を出しているところはほとんどなくて、日本料理店や中国料理店をしていましたので、そういうお店の一つだったかもしれません。
私の記憶では、こうしたアジア系のお店は、1999年〜2001年、ヨーロッパ最大の中国資本タンフレール(陳兄弟)によって買収または資金援助され、ニセジャポか中国惣菜屋かのどちらかにチェーン店展開されています。なので、kazuko_15さんはもしかしたら、その移行期あたりに、まだ買収前のお店で美味しい飲茶を味わったのでは?
多少なりともkazuko_15さんの記憶を辿るお手伝いができましたら幸いです。
もしまたパリにいらっしゃるときは、ぜひ、プライベートメッセージでご連絡くださいませ。
Hitomi
2026/02/23 22:52
Kazuko 15さま、
1999年頃のパリとは全く違うのが今日この頃のパリだと思います。
おそらく思い出のレストランはなくなっている可能性がとても高いです。
地代の高騰と後継ぎ問題が大きいと思います。同じ名前のレストランを見つけても味、サービスともに様変わりは否めません。残念ですが。
飲茶であれば場所はアジアそのもので好まれないかもしれませんが、13区のレストランがおいしくて値段もリーズナブルです。僕が良くいくのは2件、どちらも大きいレストランです。
旅行者の方でも安心です。
1.Chinatown Olympiades
https://www.chinatownolympiades.com/?utm_source=copilot.com
2.La Chine Masséna
https://chine-massena.com/
1の方が内装は現代的です。
2はもっと中国スタイルです。
どちらもとてもおいしいですが雰囲気が違います。
近接しているので見てから入られるのもよいと思います。
平日は比較的すいていますが、土日はかなり混んでいます。
基本予約はなくても行けます。
楽しい旅になればよいですね。
2026/02/24 00:00