【オンライン個人レッスン】★ラテンアメリカ在住先生と一緒にリアルスペイン語会話


青年海外協力隊員として1996年にここホンジュラスに派遣。2年間活動後1998年に日本に帰国したが、2006年にホンジュラスに移住。ホンジュラスでの生活は14年を迎え。現地では、健康食品を扱うビジネスを行い、また、地元ラジオ局でのプレセンター、サッカー ナショナル リーグの地元チームのサポーターとしても活躍、全国版、地方版の新聞紙、スポーツ新聞紙、テレビ中継でのインタビューなどで紹介され、現在中米ホンジュラスでもっとも知名度の高い日本人である。
2008年、毎日放送 ”知っとこ! 世界の朝ごはん” の現地サポーターとして、取材の事前調査、同行スタッフとして参加。 2008、2015年、自衛隊の訓練艦がホンジュラスに到着した際の通訳兼旅行ガイドとして参加。
中米ホンジュラスでの観光情報、通訳兼ガイドとしてお手伝いできると思います。
現地のスポーツ特にサッカーのナショナルリーグに関する情報について
特になし
こちら地元でよく流れている音楽 レゲトン、バチャータ、プンタなどよく聞きます。
専門は陸上競技ですが、サッカーのナショナルリーグについては詳しいです。
ホンジュラス、首都のテグシガルパ、ラセイバ
東京生まれですが、高等学校からは習志野市に住んでいました。1996年から2年間青年海外協力隊としてホンジュラスに派遣。日本に帰国しましたが、2006年にホンジュラスに移住。
とても落ち着いた街で、人びとはあたたいです。
ご回答誠にありがとうございます。いろいろと教えていただき感謝申し上げます。
mkawagishiさん
ご回答ありがとうございます。
そうだったんですね、治安が悪くなってしまったのはとても残念です…。
どうやらJICA要請のある場所は外務省によると危険レベル1なので、そこまで危険高くないようです。
しかし、安全面十分注意する必要があると思いますので、それも含めて今後検討したいとおもいます。
ありがとうございました!
危険レベルが高ければ、JICAも派遣をしないと思います。私はここホンジュラスに移住してもう10年が過ぎましたが、事故や怪我もなく元気に生活しています。「住めば都」で、私はここホンジュラスに移住して良かったと思っています。日本に届くホンジュラスのニュースといえば、治安の悪さしかないと思いますが、 カリブ海の島々、マヤ文明の移籍、ミスキートの未開のジャングルなど、日本では味わえないすばらしさもあります。
私は こちらの女性と結婚し、現在子どもたちと幸せに暮らしています。
私は30歳を過ぎた頃、このまま 平凡な日常生活をおくるのではなく、40歳になる前にもう一度なにかに挑戦してみたくなり、35歳のときに青年海外協力隊に応募しました。

おすすめ度:★★★★★

ホンジュラスは世界的にコーヒーの産地として有名で。最近では日本でも人気があります。
こちらに来る機会がありましたら、是非おすすめします。
おすすめ度:★★★★★

ここホンジュラスでは、小麦粉のトルティージャを良く食べます。バレアーダは、その小麦粉のトルティージャに、豆のペースト、削りチーズ、肉や卵などのお好みを挟んだものです。...
公共の交通機関を利用して旅行する。