贈り物やドレスコードも千差万別、多民族社会マレーシアの結婚事情。

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※本記事は特集『海外の結婚式』、マレーシアからお送りします。

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マレーシア人の友人からメール「住所を教えて!」

「お久しぶり! あのね、住所を教えてほしいの」

しばらくぶりに、マレーシア人の友人から連絡が来ました。用件は、わたしの住所について。携帯電話は知っているし、いつもはメールでやりとりをしているので、不思議に思って尋ねたところ、「近く結婚披露をするので来てほしい」とのこと。

「わざわざ郵便で案内を送ってくれなくても、時間と場所さえメールで教えてもらえれば大丈夫よ」と伝えたのですが、やはり招待状を送りたいから、という返事。

何事もメールやSNSでやりとりできる昨今ですが、マレーシアの人びと、特に年配の人は、それぞれの民族の新年や誕生日などにグリーティングカードをやりとりする習慣があります。若い友人も、結婚のような人生の節目には、やはりカードで、という思いがあったのかもしれません。

街角のカード屋さん。「断食明け大祭」を前に、ムスリムが好むデザインのカードが並ぶ。

しばらくすると、美しいカードで案内が届きました。ある日曜日の11時から16時まで、とあります。わたしの友人はイスラム教徒で、パキスタン系のマレーシア人。手続きとしての結婚登録や宣誓は別にあり、わたしが案内されたのは結婚披露の席のようです。それにしても5時間とは。伝統的な結婚式は数日にわたると聞いたことがありますが、地元の披露宴に招かれるのは初めてでもあり、どんな催しなのか、ちょっとわくわくします。

 

年によって変わる? マレーシアの結婚シーズン

マレーシアでは特に決まった結婚シーズンはないのですが、イスラム教徒の結婚式や披露宴は、約1ヶ月にわたる断食が明けたあとに行われることが多いようです。マレーシアでは「プアサ」と呼ばれる断食は、彼らにとって最大の行事。日中の飲食をしないため、夜明け前に朝食を済ませ、日没を待って食事をとる関係で、退勤時間も繰り上がったりして、生活時間が大幅に変わります。

断食期間中のショッピングモールのディスプレイ。伝統的な高床式の住居、お祝いの席で食べる「クトゥパット」をあしらった緑色のマスコットで、帰省して家族で迎える断食明けのイメージを表現している。

断食は、宗教的に、家族で静かに過ごすのがよいとされている期間。ふだんはひとりで食べることがあっても、飲まず食わずで過ごした一日を終える日没後の夕食は、家族や親しい友人が集まって取ることが多いので、大きな催しは避けられる傾向があるのです。

なお、断食は太陰暦のイスラム暦に従って行われるので、西暦から見ると毎年11日ずつ変動します。つまり、結婚式が行われる時期も、年によって変わることになります。

結婚式や披露宴はたいてい、学校の長期休暇中の週末に開かれます。地方に住む親族や友人も集まりやすいからですが、週末に行事が集中するため、ムスリムの友人によると「週末は数ヶ月先まで予定がいっぱいだ」とのこと。今回結婚する友人も、希望の会場がなかなか取れず、最初に考えていた時期から3ヶ月後に披露宴を変えたそうです。

 

多民族社会のマレーシア。民族や宗教により、社交上のエチケットも変わる。

贈り物も民族・宗教によって縁起が変わる

日本の披露宴では、お祝いにはお金を包むのがしきたりです。マレーシアではこういうとき、何をもっていったらいいんだろう? 地元の友人に聞いてみると、「誰の結婚式に行くの? その人たちの宗教は?」と、結婚するカップルの民族と宗教について逆質問。

というのも、マレーシアは人口の多数を占めるマレー人、華人(中国系)、インド人のほか先住民族で構成される多民族社会。宗教も、マレー人はイスラムですが、華人の場合は仏教、道教、キリスト教、インド人だとキリスト教、ヒンドゥー教、イスラムと複雑です。

マレー人の伝統的な結婚式の様子(歴史・民族学博物館の展示から)

冠婚葬祭には、それぞれの民族の伝統がありますが、さらに宗教によってもスタイルが違います。結婚披露についても、リッチなホテルでコース料理が出る現代的なものもあれば、自宅を開放して数日かかる儀式をする伝統的なものもあり、一概に言うことができません。

お祝いは「あなたの気持ちでいいんじゃない?」とは言われましたが、地元の友人複数に尋ねてみたところでは、振る舞いの食事代がひとつの目安で、席が設けられていないバイキング形式なら50~60リンギ(約1360~1630円)以上、4つ星クラスのホテルでコース料理が出てくるようだと150リンギ(約4100円)以上ということになりそうです。

婚約の際、男性側が女性に贈る結納の品々(歴史・民族学博物館の展示から)

一般に、マレー系には贈り物(新婚家庭ですぐ役立ちそうな、家電製品や食器が好まれるとのこと)を、華人には現金を包むことが多いようですが、新婚カップルとの関係の深さや、個人のお財布事情にもよるでしょう。わたしは、少額のお祝いと、友人に喜んでもらえそうなプレゼントを用意しました。

招待客のドレスコードはスマート・カジュアル

次はドレスコード。招かれた側として、どんな格好がふさわしいのか? ムスリムが多い場合には女性が肌を見せるのは好まれないので、長袖・長いスカートは当然として、服装の格がよくわかりません。

華人女性の晴れ着、サロン・クバヤ(繊維博物館の展示から)。和服と同じく、年齢や既婚か未婚か、場所などでふさわしい色や柄は異なる。

少々悩んだ末、わたしは華人の女性が晴れ着によく着る、クバヤ(レースのブラウス)と、サロン(筒形のスカート)の組み合わせで。別に招かれた友人は、マレー女性の民族衣装「バジュ・クルン」。身体の線の出ない、ゆったりしたツーピースで、やはり長袖・長いスカートの組み合わせです。

マレーシアの女子小学生たち。彼女たちが着ているのが民族衣装のバジュ・クルン。

当日、男性は長袖のシャツにスラックス、女性は普段着に近いバジュ・クルンの人が多く、なかにはジーンズの人もいたりして、かっちりしたスーツのような服装は花婿を除いて見かけませんでした。ムスリムが多かったせいか、華人の着るサロン・クバヤ姿はわたしだけで、もう少し気取らない格好でもよかったのかも。会場の格にもよりますが、清潔でこざっぱりとした服装なら、カジュアルでも悪目立ちすることはなさそうです。

 

披露宴の会場は小学校! レンタル一日およそ1.4万円から

招待状の住所に着いてみたら、なんと場所は公立の小学校! で、きれいに飾り付けられた講堂が会場でした。このように、披露宴が開かれる場所は、ホテルの宴会場やレストランに限らず、住宅地の集会場や学校など、マレーシアではいろいろな選択肢があるとのこと。晴れの舞台を豪華にと考えるか、新居の購入や子どもの誕生に備えて簡素にと考えるかは人それぞれ。大げさに言うと、それぞれの人生観にもかかわってきそうですが、選択肢が多ければ、お仕着せでなく、自分のイメージに合ったものを選べそうです。

披露宴の会場になった、公立小学校の外観

講堂の入口。新郎新婦の親族や招待客の姿がみえる。

学校の場合は、事前に空いている日を確認し、費用の全額または内金を納めて会場を借りるそうでそれほど面倒な手続きではないようです。友人によると、この日の会場費としておよそ500リンギ(約1万4千円)を支払ったとのこと。ちなみに、麺類やおかずをのせたごはんといった簡単な食事なら10リンギ(約270円)以下で食べられる当地では、エコノミーなホテル5泊分といったところでしょうか

披露宴の会場。席は決まっていないので、場所の空いている席を選んで座る。

マレーシアの時間感覚は、全般にゆったりしています。複数で待ち合わせると、日本人が約束時間の5分前には揃うのに対し、地元の人だと「ちょっと遅れそう」「近くまで来ているんだけど」ということがわりとあります。

以前ある企業の報道発表に参加した際も、案内された時間より30分遅れで始まり、定刻に到着していたわたしは手持無沙汰なまま会場でうろうろする羽目に。そんな話をマレーシアに長く住む日本人の友達に話したら、「いいじゃないの30分なんて。1~2時間遅れるなんてざらよ」とたしなめられ、認識を改めたことがありました。

雨季には不意のスコールがあったり、都市部では渋滞が多いという事情もあるのですが、道で知り合いに出会ったら、まずは声をかけて、握手をしたり抱擁を交わしてひとことふたこと話すというお国柄ですから、あまり時間にきっちりしていても不具合がありそうです。もっとも、定刻をめざして行く側(わたし)は常に待たされることになりますが。

「花嫁さん・花婿さんはまだ?」と、待ちかねた様子の子どもたち。

 

料理を食べながら花嫁と花婿を待つこと30分(開始予定より2時間後)

招待客のわたしと友人は、道に迷ったため予定の開始時刻から1時間半ほど遅れて会場に到着したのですが、会場に置かれたテーブルにはまだ空席が目立ちます。同じ招待客でも知り合い同士はあいさつして立ち話をしていたりしていましたが、わたしたちの周りは知らない人ばかり。どうしたものかと思っていたら、「まずは食事をどうぞ」と勧められて会場の一角にある料理のコーナーに導かれました。

招待客が好きな料理を選ぶバイキング形式。右のおばさんたちが世話を焼いてくれる。

ケータリングの料理なのでしょうか、鶏や羊のカレーやアヤム・ゴレン(鶏の揚げ物)、ナシ・ゴレン(マレー風炒飯)などが並んでいます。その中から思い思いに好きなものを皿に盛り、テーブルへ。こういったカジュアルな会では、招待客が一斉に集合・解散するわけではないので、軽い食事や飲み物が時間調整に一役買っています。

わたしがいただいた品々。ナシ・ゴレン、アヤム・ゴレン、チキン・カレー、マトン・カレーなど、マレー系のこってりした煮込み料理が中心。

 

一日2組の共同挙式で、知らないカップルもみんなでお祝い

司会者が現れたのは12:45ごろ。「花嫁・花婿の入場です」と言っている(と想像)。

わたしたちが着いてから30分ほどして(つまり、招待状の開始時間から2時間後)、花嫁・花婿が入場。「うわあ、きれいな衣装」と思ってカメラを向けたら、あれ? 友人じゃない……。後で聞いたら知らない人同士で、同じ日に会場を予約したカップルなのでした。

つまり会場には、接点がないはずの2組のカップルの、それぞれの招待客が同席していたことになります。けれども知り合いだけで固まって座っているわけでもなく、会釈して知らない人と相席して2組の花嫁・花婿を見守っているという、なんとも大らかな会でした。

1組目の新郎新婦は手をつないで入場。少しはにかんだ様子の花嫁さんがかわいらしい。

花嫁さんのそばには、衣装のすそをもつ、付き添いの女性の姿も。

友人カップルは満面の笑み。幸せそうなふたりに、あちこちからフラッシュが。

わたしの友人は伝統的なイスラム風の衣装、お相手はスーツにネクタイ姿で、親族や友人の歓声に迎えられ、笑顔を振りまきながら、会場正面の舞台にゆっくりと進みます。

本日の主役、二組の花嫁・花婿が壇上に揃ったところ。

 

この日の二人は王様とお妃様に

花嫁と花婿が並んで座ることを、マレー語では「ブルサンディン」といいます。伝統的な結婚式ではこれによってカップルが公認される意味合いがあるそうで、この日一日ふたりは王様とお妃様として扱われます。

祝福を受ける、花嫁と花婿。末永くお幸せに……。

日本の結婚披露宴では、親戚や友人による祝辞や、お祝いの余興などが定番ですが、この日の披露宴ではコーランの一節の読誦(どくしょう)で新郎新婦が祝福を受けたほかは、全体を巻き込む催しはなく、新郎新婦との記念撮影がハイライトという印象でした。

招待客は花嫁・花婿にお祝いを述べ、壇上で記念撮影をする。/Photo courtesy of Zainab Akhmad

華やかにヘナに彩られた花嫁の手。描きあがるまでに1時間かかったそう。

参加した友人とわたしも、順番を待って壇上にあがり、お祝いを言って新婦と記念撮影。花嫁の手を彩るヘナは、もともとはインドの風習ですがマレーシアでも広く行われていて、縁起のよい吉祥模様を手に描きます。友人はこのためにインド人街に出かけ、1時間かかって手に模様を描いてもらったそうです。

案内の時間から約2時間半後の会場の様子。この後から参加する人も。

このころになると、記念撮影を済ませて帰り支度をする人と、新たに到着した招待客が入れ替わり始めます。披露宴の時間が(予定では)5時間と長く設定されているので、招待された側は都合の良い時間に来られますし、招く側はたくさんのお客を同じ場所で受け入れられる、合理的な仕組みのように思います。なにより、服装やお祝いの決まりが厳しくないので、気軽にお祝いに参加できるのです。

 

引き出物は「ゆで卵」!?

招待客は帰りがけに参加のお礼としてお菓子などを渡されます。伝統的な引き出物は「ブンガ・テロール」(卵の花)とよばれる彩色したゆで卵で、新婚カップルに早く子どもが授かるよう願いがこめられて配られたとのこと。毎日の朝食にゆで卵を食べる人もいる、卵好きなマレーシアらしい話です。

数多くの卵をゆでたり、割らずに運ぶのはなかなか大変なので、現在ではチョコレートやケーキなどが配られることが多いそうです。新しい門出に縁起のいいものが好まれるのは、どこの国でも同じですね。

地元スーパーマーケットの卵売り場。マレーシアは世界有数の卵消費国でもある。

今回は、パキスタン系ムスリムの結婚披露宴の様子をご紹介しました。同じマレーシア人でも、マレー伝統の儀式を行うマレー人、中国の出身地域のしきたりを守る華人、宗教的な儀式を重んじるインド人、ボルネオ島に住む先住民族の人びとでは、結婚式や披露のスタイルも変わります。たとえば、何事も豪快で華やかをよしとする華人は、ホテルやレストランを借り切って宴席を設けることもあり、この場合は参加する側も、それなりのご祝儀の用意が要るようです。

華人の信仰を集める天后宮で、記念写真を撮影する中国系カップル。

 

 

編集:ネルソン水嶋

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この記事を書いた人

森 純

森 純

マレーシアを中心に東南アジアを回遊中。東南アジアにはまったのは、勤めていた出版社を辞めて一年を超える長旅に出たのがきっかけ。十年あまりの書籍・雑誌編集の仕事を経てマレーシアに拠点を移し、ぼちぼち寄稿を始めました。ひとの暮らしと文化に興味があり、旅先ですることは、観光名所訪問よりも、まずは市場とスーパーマーケットめぐり。街角でねこを見かけると、つい話しかけては地元の人に不思議がられています。

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