バク、虎、オランウータン、サイチョウにマメジカ、動物王国マレーシア屈指のアイドルたち

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※本記事は特集『海外の動物』、マレーシアからお送りします。

クリックorタップでマレーシア説明

 

「夢は食べないよ」ヴェジタリアンのマレーバク

顔とからだの前半分は真っ黒、お腹からお尻にかけては灰色で、まるで黒いからだに灰色のショートパンツをはいたようなツートンカラー。マレー半島を中心に生息するマレーバクは、なんとも不思議な印象の動物です。

わたしはこれまで、北は旭山動物園(北海道)から南は福岡市動物園(福岡県)まで、海外でも4か国の動物園に出かけています。特に好きな動物はマレーバク。バクを見るなら、やはり本場のマレーシアへ! というわけで、マレーバクに会うのを楽しみにしていました。

いつも一緒にいる、マレーバクの仲良しカップル。(マレーシア国立動物園)

バクというと、夢を食べる獏を連想しますが、こちらは中国の伝説に出てくる生き物。中国では縁起がいい動物として好まれていたのが日本に伝わり、悪夢を食べてくれる俗信が生まれました。

伝説の獏との関係はまだ解明されていませんが、「生きている化石」ともよばれるバクは、3500万年もの間、ほとんど変化していないといわれます。古代中国にもバクが生息していたのではないかという説もあり、伝説と実在のバクに接点があったとしても不思議はありません。

中国の書物をもとに編纂された江戸時代の図入り百科事典『和漢三才図会』には「象の鼻と犀(サイ)の目、牛の尾、虎の足をもつ」とありますが、こちらは実在のバクの説明に近いようです。

『和漢三才図会』の「獏」。模様があるのは赤ちゃんバクだから?
出所 国立国会図書館デジタルコレクション『和漢三才図会、中之巻』

マレーバクは森に住み、木の葉や果物などを食べます。表情豊かなやさしい目をしていて、長い鼻を象のように動かしては水を飲んだり、枝をかき分けたりします。

あくび(?)をするマレーバク。(ジョホール動物園)

マレーバクは日本でも見ることができますが、公立の動物園ではどうしても敷地に制約があり、檻の中で寝ている姿を見ることが多くなります。

その点、マレーシア国立動物園は広々とした敷地に恵まれた環境のため、マレーバクがトコトコと走ったり、池に潜って泳いだりする様子が観察できます。見学時間が終わりに近づくと、獣舎の方に向かって行き(えさがもらえる)、早く早くと開門を急かす様子も可愛らしい。

マレーバクは水場が好きで、上手に泳ぐ。(マレーシア国立動物園)

国土の3分の2は森という自然が豊かなマレーシアですが、それだけに、開発が進むにつれてあちこちで環境問題が起きるようになりました。野生動物の交通事故もそのひとつ。

マレー半島の東沿岸を南北に縦断する高速道路が森林地帯を通っているため、道路を横切ろうとしたマレーバクが交通事故に遭う事例が続いています。

マレーバクが高速道路で目撃されたことを伝える、地元紙『ニュー・ストレイツ・タイムズ』の記事(2017年1月15日)。

報道によると、生息数1500頭あまりの絶滅危惧種なのに、過去7年間で73頭が事故死。進行中の開発計画では、野生動物の生息区域内で、動物たちが安全に移動できるような通り道を確保する必要が指摘されています

仕事机に置いてあるマレーシア産の熱帯材を使ったフレームには、マレーシアの動植物がいっぱい。

マレーバクは印象が地味なのか、オランウータンや虎に比べると報道も少ない上、漫画の主人公になったりもしません。しかし!

このほど、マレー半島北部にあるペラ州で、州政府観光局の公式マスコットになることが決まりました。バク・ファンとしては観光キャンペーンを通じて、もっともっとマレーバクが大切にされてほしいと願っています。

 

マレーシアの動物といえば、なんといっても虎!

マレーシアを代表する動物といえば、やはり虎でしょう。

Patung harimau malaya/ⒸIzhamwong

虎は勇気と強さの象徴とされていて、国章も虎なら、サッカーのナショナルチームの愛称も「マラヤン・タイガー」(マレーの虎)。

マレーシアの国章。2頭の虎が盾を支えている。(マレーシア国立博物館)

アジア競技大会ユニフォームにも、虎をイメージした縞模様があしらわれている。

しかしマレー半島に生息する野生のマレートラは、推定200頭。絶滅の危機に瀕しています。

野生生物保護に取り組む「世界自然保護基金」(WWF)によると、1957年には3千頭がいたと考えられていましたが、2014年の調査では250~340頭と推定、60年あまりの間に急速に個体数が減ったことになります

農園や宅地の開発のために森林が減少している状況はほかの生物と同様ですが、虎の場合は密猟が大きな原因のひとつ。模様の美しい毛皮や骨、肉が高値で販売されることから密猟が後を絶たず、最近も密猟者が逮捕されています。

Malaysia Tiger Run 2019 の特設サイト

国のシンボルでもあるマレートラの危機に関心を集めようと、WWFは2019年の「世界トラの日」(7月29日)に合わせて、チャリティーマラソンを予定しています。

そんなマレートラには、意外なところで日本とかかわりがあります。

「虎狩りの殿様」とよばれた日本人

大正10年のこと。尾張徳川家第19代当主、徳川義親は転地療養のためにマレー半島とジャワ島(インドネシア)を訪れます。

北海道の八雲町に徳川農場がある関係で、毎年ヒグマ退治をしていた徳川氏は、やはり著名な狩猟家であったジョホールのスルタンの好意で、ジョホールでも狩猟旅行に参加します。

深い森を切り開いて農園をつくったために、当時は野生動物が出てきて村を荒らしたり、人に危害を加えることがあり、スルタンが許可を与えて象や虎を撃つことがあったのです。徳川氏はこの旅行で虎を仕留め、以後「虎狩りの殿様」として有名になります。

こちらは、ゆったりお昼寝中の虎。(マレーシア国立動物園)

戦前の当時、マレー半島には、ゴム農園の経営や鉱山開発などですでに日系企業が入っていました。徳川氏は滞在中に、現地のトレンガヌで働く日本人から聞いたこんな話を自身の紀行に書き記しています。

日本人M氏は、夕方からの会合に出席するため、トロッコで移動することにしました。虎が出るといわれている地域のことで、用心のために弾をこめた猟銃を携えて。

数人の苦力(クーリー、中国人の肉体労働者のこと)に押されながらトロッコでしばらく進むと、線路の上に「猫のようなもの」が座っている。よくよく見ると、虎。大変だ! 後ろにいる苦力たちはその存在に気づいていないが、急いで知らせなければ危ない。

M氏はとっさに日本語で「虎! 虎!」と叫んだものの、なぜかトロッコは余計に勢いを増すばかり。虎もこちらに気がついて、威嚇を始めました。さらに焦ったM氏はまた「虎!! 虎!!」と怒鳴ったのですが、苦力たちは押す手を止めません。

もはやこれまでか……。

進むトロッコの上でM氏は銃を構え、虎に狙いを定めました。すると、虎も怖くなったのか、ウォーと吠えて近くの草むらに跳び込み、走って逃げていく。苦力たちはこの声でようやく虎に気がついて「ハリマウ(虎)だ!」と叫んで腰を抜かしてしまったそうです。

マレー語でTolak(トラー)は「押す」という意味。

「以来Mさんは苦力の間に勇名が高い。何しろ『ハリマウ(虎)』を見かけても、トロッコを止めさせるどころか、『トラー(押せ)』『トラー(押せ)』といって、勇敢に突撃していったのだから」(徳川義親『じゃがたら紀行』中公文庫、1980年)

「マレーの虎」と恐れられた日本人

現在のマレーシア、シンガポールは、かつては英領マラヤとよばれるイギリスの植民地でした。シンガポールには極東で最大のイギリス軍の拠点が置かれていたため、アジア太平洋戦争で連合軍と戦った日本は、シンガポールの攻略をめざします。

1941年12月8日未明(つまり真珠湾攻撃よりも早く)、日本軍はマレー半島北部コタバルに上陸。徴発した自転車の一団で、イギリス軍と戦いながら半島を南下し、1942年2月15日にはシンガポールを占領します。

このマレー作戦を指揮した第25軍の司令官、山下奉文(ともゆき)は「マレーの虎」という異名をとっており、以後1945年8月まで日本の占領下におかれたマレーシア、シンガポールではよく知られた歴史上の人物です。この名前からもいかに虎が畏怖の対象であったのかがうかがえます。

正装した山下奉文/パブリック・ドメイン

オランウータン、マレーバクの親子、マレートラを描いたマレーシアの切手。

 

東の横綱は自然保護のシンボル、「森の人」オランウータン

マレーシアは、首都クアラルンプールがあるマレー半島部の「西マレーシア」のほかに、ブルネイやインドネシアなどと隣接する、ボルネオ島の「東マレーシア」があります。

西側と地理的に条件が違い、独特な動植物がある東マレーシアの代表は、オランウータン。アジア地域最大の類人猿で、現在では世界でもボルネオ島と、インドネシアのスマトラ島にだけ生息している希少な動物です。

オランウータンの生息地を紹介する、福岡市立動物園の展示。

サバ州セピロックにある保護区のオランウータン/ⒸASEAN-Japan Centre

名前のオランウータン は「オラン」が「人」、「ウータン」が「森」で、「森の人」という意味。その名の通り、深い森の中の樹上に暮らし、木の実などを食べています。

地元・サバ州政府観光局の広告には、もちろんオランウータン。

ボルネオ島北部に位置するサバ州には自然保護区があり、広大な森の中で暮らすオランウータンの様子が見られます。野生動物の保護に取り組む「世界自然保護基金」(WWF) が、オランウータンの生態を紹介する動画を公開していて、珍しい鳴き声を聞くことができます。

Bornean King of Swingers (英語) WWF My

オランウータンは、かつては東南アジアの島々に広範囲に生息していたと考えられています。しかし、木材輸出やプランテーション(大規模農園)開発のために森林伐採が増え、山火事で住処を失ったり、農園を荒らす害獣として駆除されたりした結果、ボルネオ島に現在いるオランウータンは推定4万5,000〜6万9,000頭 。過去100年の間に80%も減少したといい、絶滅が危惧されています。(以上、「オランウータンの生態と、迫る危機について」WWFから)。

「寒いのかな? オランウータンさん、大丈夫?」 冬の福岡市立動物園にて。

現在はワシントン条約で売買が禁止されていますが、違法な動物取引のための密猟も後を絶たず、これもオランウータンの生活を脅かしています。

そういえば、アメリカのエドガー・アラン・ポーの推理小説『モルグ街の殺人』にもボルネオ島のオランウータンが登場しますが、これも「ヨーロッパで売れば大金になる」と考えた水夫が捕獲してフランスに連れてきたものでした。

 

マレーシアの国鳥、ホーンビル(サイチョウ)

森の中で出会ったら、びっくりしそうなのがホーンビル。

鮮やかな色の羽をもった大型の鳥で、大きなものは体長1メートルを超えます。マレー半島南部やボルネオ島の森で暮らしていますが、高い木の上でバサバサと飛んできたら、迫力がありそうです。

サバ州ロッカウィ野生動物公園のホーンビル/ⒸASEAN-Japan Centre

和名の「サイチョウ」(犀鳥)は、くちばしの上にある大きな突起が、動物のサイに似ていることから付きました。サイチョウはマレーシアの国鳥とされていて、サイチョウの仲間の約60種類のうち、8種が生息しています。

5リンギ紙幣裏面に描かれたホーンビル

特に多いのは「ホーンビルの土地」というニックネームがある、ボルネオ島のサラワク州。先住民族のダヤクにとって、ホーンビルは神の意思を伝える特別な鳥だそうで、頭骨やくちばしで作ったアクセサリーや工芸品は贈答品や交易品となり、中国など他地域では象牙に準ずるものとして珍重されたそうです。

オランウータンと同様ホーンビルも、森林伐採や山火事が住処を失う原因になっています。

 

マラッカ王国の建国伝説の主人公、マメジカ

マメジカはネズミジカとも呼ばれる、体長50~70 cmあまりの小さな動物です。名前はシカですが、シカ科とは違う特徴があるため、マメジカ科として独立しています。

ご当地動物のマメジカ。(マレーシア国立動物園)

マメジカは、マレー世界(マレーシア、インドネシアなど言語・価値を共有する文化圏)では、民話などにもよく登場します。

マメジカを食べようと思って近づいてきたワニをだましてうまく逃げ切ったり(因幡の白うさぎに似た話がありますね)、体は小さくても知恵をもった生き物として親しまれているようです。

また、国際貿易港として栄えたマラッカにちなむ動物としても知られています。マラッカ王国が成立する前の、こんな伝説も。

14世紀後半、インドネシアのスマトラ島を中心に栄えていたシュリヴィジャヤ王国はジャワ島のマジャパヒト王国に攻められ、シュリヴィジャヤの王族(一説によると貴族)のパラメスワラはマレー半島に逃れます。

そこで狩りをしていたところ、パラメスワラの猟犬がマメジカを見つけ、吠えかかりました。小さなマメジカはすぐに逃げるかと思いきや、自分よりも大きな猟犬を後ろ足で蹴り、難を逃れたといいます。

スタダイス博物館(マラッカ)の展示。左側、白い動物がマメジカ。

マメジカは通常、臆病な動物だといわれています。そのためパラメスワラは思いがけない反撃に強い印象を受け、「あんな小さなマメジカでさえ勇敢な、この土地は何という場所だ?」と家臣に問い、ここに拠点を築くことにしたという伝説です

ちなみに、このときに一団がいた場所にあったのが「マラッカ」(マレー語では「ムラカ」、インドでは「アムラ」)とよばれるインディアン・グーズベリーの木で、それがそのまま町の名前になりました。

マメジカは、マラッカ市のマスコットになっています。

マラッカの中心、スタダイス前広場にはマメジカ像がいっぱい。

 

動物園で人間観察 マレーシア人と動物の距離

ここまでマレーシアの動物を紹介してきましたが、わたしたち人類も動物の一種。動物園に行くと、マレーシアの人びとと動物の距離も見えて興味深いものがあります。

マレーシアの動物園は広大な敷地があるため、動物たちも狭苦しい檻に閉じ込められている印象がなく、わりとゆったり過ごしています。

来園者は、植物がたくさんある公園を、動物を見ながらのんびり散歩しているような感じ。小さな子どもがいる家族連れが多く、「ほらほら、あそこにお猿さんがいるよ」といった風で、お母さんが動物を指さして子どもに教えている様子でした。

わんぱく小僧たちがペリカンに水鉄砲を向けている図。ペリカンは自由に園内を歩いているので、小魚などの餌を食べるところも至近距離で見られる。(ジョホール動物園)

というのは、展示スペースに余裕があり、動物のいる場所に行っても、すぐには姿が見えないことがあるため。よくよく目を凝らすと、日差しを避けて茂みに隠れていたりします。

ずっと人目にさらされていることも動物にはストレスのはず。元気がないとき、気が向かないときにからだを休めるスペースがあるのはいいことだと思いました。

……と、目の前をさっと横切る影が!

園内を散歩している猫でした。君はなぜここにいるのか?(マレーシア国立動物園)

わたしなどはカメラを構えながら、気に入った表情が撮れるまで動物を見ている方ですが、マレーシア人は一般に、動物の姿を見つけて満足すると、すぐ次に動くようです。写真を撮る人もいますが、滞留時間は短め。

若者グループはいても、カップルで来ている男女はそれほど多くないようです。動物園は、マレーシアではメジャーなデートコースではないのかも(曜日や時間によるかもしれません)? まあ、熱帯ですから、屋外を歩いていると日差しはきついし、汗をかく環境でもあるのですが。

日中の陽射しはかなり強いので、日傘や帽子、サングラスなどはあった方が楽です。肌の弱い人は、ぜひ日焼け止めも。動物の多いところでは匂いに誘われて蚊も集まるので、明るい色の長袖・長ズボンで肌を覆い、虫除けスプレーをしてから歩くとよいでしょう。飲料水は必携。

園内ではポニーにも乗ることができるジョホール動物園。

ボルネオ島などに原生林を擁するマレーシアは、動植物の宝庫。熱帯の希少な植物や動物も多いので、日本を含め、海外の動物園からも職員の視察を受け入れています。

機会があったら、ぜひマレーシアの動物園をのぞいてみてください。

みやげ店などで売っている絵はがきには、珍しい動物の写真も多い。

 

 

編集:ネルソン水嶋

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この記事を書いた人

森 純

森 純

マレーシアを中心に東南アジアを回遊中。東南アジアにはまったのは、勤めていた出版社を辞めて一年を超える長旅に出たのがきっかけ。十年あまりの書籍・雑誌編集の仕事を経てマレーシアに拠点を移し、ぼちぼち寄稿を始めました。ひとの暮らしと文化に興味があり、旅先ですることは、観光名所訪問よりも、まずは市場とスーパーマーケットめぐり。街角でねこを見かけると、つい話しかけては地元の人に不思議がられています。

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