民族のるつぼマレーシアは食文化の交差点、国民食いろいろ

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※本記事は特集『海外の国民食』、マレーシアからお送りします。

クリックorタップでマレーシア説明

 

多民族国家マレーシアでの「国民食」とは?

「やっぱりナシ・ルマかなあ」
チャー・クイティオ!」
「僕はロティ・チャナイが食べたくなるよ」

外国に行ったときに恋しくなる食べものは何か、周りのマレーシア人に聞いてみたら、こんな答えが返ってきました。

街角のフードトラックには、マレーシアの人気メニューがいっぱい。

歴史的に移民が多いマレーシアには、総人口の7割近いマレー系、都市部に多い華人(中国系)、インド系ほか多数の民族が住んでいます。他の民族の料理を食べないわけではないのですが、それぞれに受け継いできた食文化があるので、華人は中国料理、インド系はカレーなど、家庭では伝統的な食事をとっていることが多いのです

ムスリムのマレー系(憲法上の定義はマレー人=ムスリム)やインド系は戒律により豚やアルコールを避けますし、華人の仏教徒とインド系には菜食主義者が多く、ヒンドゥー教徒(ほぼインド、ネパール出身)は牛を食べない……という具合に食べられるものが違うため、たとえばマレー系が中華料理を食べたければハラール対応の中華料理店に入らなければならない、といった複雑な事情があります。

「ハラールではないもの」売り場。ムスリムには禁忌の酒類や豚肉の加工品は、売り場が別になっている。

 

6万4千人が署名「ナシ・ルマをマレーシアの国民食に」

そんななかで、たぶん民族を超えて愛されているのは「ナシ・ルマ」。ココナッツミルクで炊いたごはんに、おかずをのせて「サンバル」という辛いソースで食べる料理です。

マレーシア人の朝食に欠かせない、ナシ・ルマ。

ナシ・ルマは外国からもマレーシアの名物料理と認知されていて、2019年1月31日には Google が「ナシルマを称えて」というドゥードゥル(記念ロゴ)を発表していますし、CNNの「マレーシア料理トップ40」でも5位に入っています。

ナシ・ルマ(写真パネル左)は、フードコートにも必ずあるメニュー。

こんな風にナシ・ルマはマレーシアを象徴する料理ですが、2017年、ミス・ユニバースのマレーシア代表がナシ・ルマのコスチュームを着たときには賛否が分かれました。

出所 Miss Universe Malaysia Official Facebook Page (2017年10月31日投稿)

「恥ずかしいから、ミス・ユニバースではこの衣装を着ないで」
「マレーシア代表だってすぐわかるし、記憶に残るね」
「冗談でしょ? マレーシアにはバティック(ろうけつ染め)やソンケット(錦織)だってあるのに!」

どうも、料理のように人気を博すわけにはいかなかったようです。

さて、ナシ・ルマは何で構成されるのでしょうか?

市場にある持ち帰りのナシ・ルマ店。注文を受けると、素早く紙に包んでくれる。

マレーシア政府観光局のパンフレットでは、「ココナッツミルクで炊いたごはんに、バンダンの葉とショウガ、レモングラスで香りづけしたもの」と説明されています。付け合わせとして「揚げたピーナッツ、炒めたアンチョビー、固ゆで卵、きゅうりの輪切りにサンバル・ソース」が添えられますが、フライドチキンや、レンダンという牛のカレー煮込みなどがついてくることもあります。ひと皿で、違った香りや食感を味わえるわけですね。

「当店のナシ・ルマは、やぎ肉の辛い煮込み付き」。お店もそれぞれに工夫を凝らしている。

ところでマレーシアと隣国のシンガポールは、イギリス統治時代と独立後の一時期に、同じ国だった歴史があり、言語や基層文化もかなり似ています。そのためナシ・ルマはシンガポールでも好まれる料理で、両国は「国民食」を共有していることになります

https://traveloco.jp/kaigaizine/rival-malaysia

マクドナルド・マレーシアは2019年、「ナシ・ルマをマレーシアの国民食に」という署名キャンペーンを始めました。9月16日の「マレーシア・デー」に向けたキャンペーンで、目標の10万人には届きませんでしたが、なんと「ナシ・ルマをマレーシアの国民食に」しています。

「シンガポールに先を越されないうちに」という署名者のコメントがあったりするところが、なんともマレーシアらしい。

 

華人がいるところならどこにでも「チャー・クイティオ」

冒頭で「総人口の」上ではマレー系が多いと書きましたが、クアラルンプールなど首都圏では人口の3割弱の華人の方が目立つところもあります。

華人が多い地域では、屋台の看板などにも漢字が並び、英語が併記されている。

マレーシアの民族で、麺好きなのは華人。さすが、5千年の歴史をもつ中国系ですね。ほかの民族も麺は食べますが、料理の種類の多さといい、食べる頻度といい、中国系の麺料理は他を圧倒しています。華人のいるところには必ず麺屋台があるので、「チャー・クイティオ」の店もすぐ見つかると思います。

屋台で注文したチャー・クイティオ。「辛くしないでね」と頼んであるので、チリソースは小皿で。

チャー・クイティオは中華風焼きそばともいうべきもので、きしめんのような幅広の米麺を炒め、しょうゆやチリ・ペースト、オイスターソースなどで味つけをします。具には、海老や鶏肉、小松菜、にら、もやし、卵などが使われますが、日本人にとって意外なのは、アカガイがのってくること。「辛めに」「味を薄く」「貝をのせないで」など、注文するときに具や味付けの希望を伝えるとよいでしょう。

もともとは中国南部の潮州の料理のようですが、マレーシア華人にとっては本当に日常的な食べものなので、ホテルのレストランから街なかの食堂、路肩の屋台までいろいろなところで「炒粿條」(チャー・クイティオ)の看板を見かけます。

ゴウゴウという火の音がして中華鍋が見えたら、そこが炒めもの屋台。

 

インド系マレーシア人ならはずせない「ロティ・チャナイ」

インド系のレストランにはたいてい大きな鉄板があり、お菓子のクレープのような薄いパンを焼いています。「ロティ」(マレー語で〝パン〟)とよばれるインド式の平パンで、生地を叩いて伸ばしては、何層も折りたたんで焼き上げます。

週末のロティ・チャナイ。手前の平たいパンがロティで、奥のカレーはダール(豆)。

ロティにはカレーを合わせますが、これも鶏や羊、魚、豆などの中から選びます。プレーンなロティが定番ですが、ほかに卵や玉ねぎ、バナナを焼き込んだものあり、種類も豊富です。いつも焼きたてを出してくれるので、表面はさくさくと香ばしく、わたしも週末には必ず食べることにしているメニューです。

カレー専門店のメニュー。黒板の左側に書いてあるのがロティ各種。

ロティとカレーの組み合わせに、地元の人は紅茶やコーヒーを頼むことが多いようです。ライム・ティーも人気がありますが、飲み物はほぼ「テー・タリック」できまり。

ちなみに、インド本国から来た飲食店経営者の方にマレーシアのインド料理について聞いてみたことがあります。「どこが違うって? ぜーんぜん違うよ。スパイスの香りだって、使い方だって! うちの料理人たちは全員インド出身で、デリーで研修を受けさせていますよ」とのこと。

日本人が、海外の日本食レストランで出される料理に「ん?」という感じをもつのと同じなのかどうかわかりませんが、インドの人は本場の「インド料理」に対して大変なプライドをもっていることはわかりました。

 

町なかでもっとも見かける料理といえば?

国民食というからには「国民」に親しまれている料理、ということになるのでしょうが、実はマレーシアには、駐在者、留学生、外国籍配偶者、そして移民の立場で住んでいる外国人が大勢います。

出稼ぎ労働者も多く、正式な就労許可をもっている外国人の数は約170万人。労働人口の4人にひとりは外国人といわれています。一番多いのはインドネシア人で93万5千人。次いでネパール人(約36万人)、バングラデシュ人(約32万人)、ミャンマー人(17万4千人)、インド人(11万7千人)……と続き、このほかに就労許可をもたずに働いている人もいることから、実数はこの倍とも推測されています(以上、数値は2013年9月のもの。出所:熊谷聡「マレーシアの外国人労働者」日本貿易振興機構アジア経済研究所、2014年7月)

これだけ外国人が多い国ですから、かれらが日常的に食べる料理を出す店もたくさんあります。どこにでもある料理としては、インドネシアの炒飯「ナシ・ゴレン」が有力でしょう。もともとインドネシアからの移民が多く、言語や宗教など共通の基盤もあるため、マレーシアの人もインドネシア料理に親しんでいます。

マレー、インドネシア共通のナシ・ゴレン。©ASEAN-Japan Centre

旅行でマレーシアにいらしたら、ぜひマレーシアのいろいろな料理を味わってみてください。炒めごはんひとつとっても、サンバルを添えたマレー系のナシ・ゴレンと、中華鍋で豪快につくる中華炒飯、独特な香りのインド系ピラフが仲良く共存している様子に、マレーシアの多様性を体感するはずです。

 

 

編集:ネルソン水嶋

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この記事を書いた人

森 純

森 純

マレーシアを中心に東南アジアを回遊中。東南アジアにはまったのは、勤めていた出版社を辞めて一年を超える長旅に出たのがきっかけ。十年あまりの書籍・雑誌編集の仕事を経てマレーシアに拠点を移し、ぼちぼち寄稿を始めました。ひとの暮らしと文化に興味があり、旅先ですることは、観光名所訪問よりも、まずは市場とスーパーマーケットめぐり。街角でねこを見かけると、つい話しかけては地元の人に不思議がられています。

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