いきすぎた敬老が”嫌”老に?韓国の老後と高齢化問題

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※本記事は特集『海外の老後』、韓国からお送りします。

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韓国は老後に3300万円必要との試算

日本では老後に貯蓄2000万円でも不足するというニュースで大騒ぎしていた時期、大手新聞社の朝鮮日報が専門家に依頼をかけ、日本と同様の試算を行ったところ、韓国では約3億3000万ウォン(約3300万円)必要という結果が出ました。出典:朝鮮日報(2019/6/18)

今や世界の情報がリアルタイムに波及する時代ではありますが、日本のニュースが韓国でも取り上げられる背景として、隣国であると同時に少子高齢化や非正規雇用の増加などの社会構造が似ていることがあります

かつては「日本に追いつけ」という意識が強くありましたし、つい7~8年前までは「先進国になろう」というムードがあり、そうした点からも日本への関心が持たれていました。しかし2010年にはG20サミットがソウルで開催され、2011年に貿易1兆ドルを達成して以降、少しずつ意識が変化したように感じます。

貿易1兆ドル達成の記念切手(2011年12月)

そうして経済成長を遂げ、先進国といえる水準にまで成長した韓国ですが、現在は高齢者の貧困が問題になっています。韓国はOECD(経済協力開発機構)加盟国中で、最も高齢者貧困率が高い国とされているのです。

韓国で公的年金制度がスタートしたのは1988年のこと。日本と比べるとその歴史が短いことは明らかです。ちなみに韓国の給与からは国民年金などを含む「四大保険(사대보험、サデポホム)」が天引きされます。しかし中小企業ではそれが整っていないところもあったようです。

韓国の健康保険証

そのためひと昔前の韓国ドラマでは、「息子が勤める会社は四大保険もあって……。」というセリフが自慢話として含まれていたりもするほどでした。そんなこともあり無年金の状態の人も多く、そうした社会保険制度の遅れが高齢者貧困に影響しているようです。

 

高齢者の雇用率が高い国でもある

韓国では高齢者貧困が問題とされるなか、高齢者の雇用率が世界最高水準だとされています。これは働かざるを得ないことも影響しているはずです。

また、ここ数年のあいだに60歳定年がようやく義務化され、浸透しはじめました。しかし民間企業のなかでも主に事務職は、それよりも早く肩たたきにあうという実情があります。

韓国の就職・働き方については以下の記事をご覧ください

https://traveloco.jp/kaigaizine/work-korea

そこで政府は「賃金ピーク制(임금피크제・イムグムピクジェ)」を推進。定年を伸ばす代わりに、ある年齢をピークとし、それ以降は段階的に給料を引き下げ、企業の負担を減らすというもの。しかし高齢者の雇用を延長したことで、若者の失業率にも影響が出たりしたことなどから、韓国でも「老人嫌悪(노인혐오・ノインヒョモ)」「嫌老(혐로・ヒョムロ)」と言う言葉まで出てくるようになりました。これには経済的な面だけでなく、高齢者のマナーの悪さなども影響しているのだといいます。

 

韓国の高齢者の仕事にはどんなものがあるか?

定年延長がされたとはいえ、寿命は年々伸びていることは事実。そこで退職後にも働くことになるのですが、高齢者の仕事にはどんなものがあるでしょうか。

 

老老介護・青少年の指導員・保育施設(社会的な仕事)

高齢者の仕事には公共の仕事が多いようです。例えば観光客が目にしやすい場所には、空港のリムジンバス乗り場の案内係であったり、地下鉄の駅に行くとタスキをかけた高齢者が立っていたりします。それ以外にも老老介護や青少年の指導員、保育施設などの仕事があるようです。

 

シルバーパスを使った高齢者ビジネス

高齢者の仕事でユニークなものとして話題になったものは、65歳以上は地下鉄が無料になるという制度を利用した高齢者宅配の仕事。地下鉄無料パスを活用することによって、必要経費となる交通費が節減できるうえ、いくらか年金収入がある高齢者を雇って人件費を安く抑えることにより、バイク便よりも安く宅配できるというものです。

とはいえこのビジネスとはまた別に、地下鉄の無料パスがあることによって、赤字が膨らんでいることも大きな問題になっていたりします。

そして最近では高齢者の再就職に加え、起業する人も増えてきているようです。最も多いのは飲食業だといいますが、シニアでITベンチャー企業を創業した例もあります

さて儒教の国である韓国では、高齢者はどのような存在なのでしょうか。

 

「孝」の国、韓国

韓国は「孝(효)」の国とも言われます。目上の人を尊重したり、親孝行するというもので、これは儒教の教えによるものです。日本はもちろん東アジアの国々ではそうした考えが浸透していますが、韓国では朝鮮時代に儒教を国教としていたこともあり、その影響が特に強いといわれます

朝鮮時代の教育機関・郷校

 

高齢者には席を譲る

例えば高齢者に席を譲ることもそのひとつです。地下鉄の優先席は老人のために常に席が空けられています。そして優先席が満席のときには、若い人が積極的に席をゆずります。また市内バスではお年寄りが乗っていなければ、優先席に座ってよいことになっていますが、譲らないと運転士が乗客に対して注意したりもします

バスの車内の前方は優先席になっている

譲らない若者もなかにはいますし、逆にお礼すら言わずに当たり前のような態度をとる高齢者もいたりするので、すべてが良いことばかりではないのですが、儒教により車内秩序が保たれているところがあります

しかしさきほど述べた「老人嫌悪」にもつながる事例ですが、最近では高齢者のマナーの悪さも目立ちます。バスの無賃乗車が横行しているといい、筆者もその様子を目にしたことがあります。

「停留所ひとつだから」と料金を支払わずにバスに乗り込んだ高齢女性たち。どうやら毎回そのようにしているらしく、運転士が彼女らを注意します。すると40代ほどの男性乗客が「運転士さんの立場もあるでしょうが、老人の方なんだから乗せてあげましょうよ。私が払いますから」といい、交通カードで四人分払っていったのです。

こうしたことからも韓国では高齢者を大切にする、という風潮があると見て取れます。

次に「親孝行」という面ではどうでしょうか。

 

自らを犠牲にして親孝行する昔話

韓国には「沈清伝(심청전・シムチョンジョン)」という口伝の昔話があります。

沈清伝をもとにした絵本

心優しい娘、沈清(심청・シムチョン)は盲目の父を開眼させるために、寺院に米三百石を奉納することが必要だといわれます。当時商人たちは未婚の女をいけにえにすることにより、航海の安全を確保しようという習わしがあり、そこで沈清は米三百石と引き換えに身を売って海に沈みます。

そんな孝行娘の沈清に対して龍王は感動し彼女を助けます。それからしばらく竜宮で暮らしたのち、大きな蓮の花に包まれて現世に戻ります。そこで沈清が父と再会を果たし、感動して父の目が開いたという話です。

現代では自らの命を犠牲にしてまで、助けてもらうことを望む親はいないでしょう。とはいえこうした「親孝行」という考えは現代にも息づいています。以下ではその事例を見てみましょう。

 

娘息子自慢と孝道旅行

私は韓国の地方を旅することが多いのですが、バスや電車のなかでおしゃべり好きの中高年の方に話しかけられることがあります。その世間話のなかで最も多い話のひとつは息子や娘の自慢。冒頭でも挙げたように「息子はいい会社に勤めていて……」のようなものです。

そしてもうひとつ、自慢になるようなことといえば「孝道旅行(효도여행・ヒョドヨヘン)」。これは文字通り、娘息子たちが両親に親孝行として連れて行く(もしくはプレゼントする)旅行のことです。プレゼントしてもらったら、ここぞとばかりに周りの人に自慢します。実際に高齢者たちが集まると、そんな話がたくさん出てくるようです。

そうした孝道旅行を商品として販売する旅行会社もあります。

 

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そして老後は子どもが仕送りして親を支えるのは、当たり前のように考えられています。現役時代は子どもに莫大な教育費をつぎ込み、そして高齢になったら子どもから仕送りして面倒をみてもらうというもの。

実際に旅先で出会った老人から「年金は30万ウォン(約3万円)、息子から月20万(2万円)もらって……」というような話を聞いたことがありますが、これもある意味で息子自慢なのかもしれません。

ただすべての人がそうしてもらえるわけでもなく、家族関係が希薄化することにより、子どもに面倒を見てもらえず、なかには貧困に陥る老人も増えているようです。そんなこともあってか、子どもにお金を残せる家では、財産を与える代わりに親孝行を約束させる目的で「孝道契約書」を結ばせる例もあるといいます。

 

老人たちの日常生活をみてみよう

韓国の伝統家族では日本と同様、長男家族と三代が同じ屋根の下で暮らすことで、高齢者が支えられていました。しかし核家族化が進むにつれ、子どもとは離れて暮らす老人が多くなっています。

もちろん通常のアパートや一軒家で暮らす人も多いのですが、養老院(양로원、ヤンノウォン)といわれる老人ホーム、シルバータウン(실버타운)という高齢者向けの設備が整った住居で過ごす人もいるようです。

では、街で目にする高齢者たちはどのように過ごしているでしょうか。

 

おじいさんたちのたまり場

ソウルにはおじいさんたちが集まる場所があります、そのひとつが鍾路3街駅近くのタプコル公園(답골공원、タプコルコンウォン)です。ここは1919年の三・一独立運動発祥の地でもあり、国宝の仏塔が置かれているのですが、この周辺にはとくに男性の高齢者が多い場所。

公園の周囲には高齢者向けの理髪店、食堂があるほか、日中には古着を販売する露天商もやってきます。この界隈は韓国で最も低価格の水準。ヘアカットは3,500ウォン(約350円)、食事のメニューも2,000ウォン(約200円)からあります。

タプコル公園から東へと少しばかり歩くと、宗廟(종묘、チョンミョ)という朝鮮王の位牌を祀る場所があるのですが、その周りにもおじいさんたちが寄り集まって過ごしている姿を目にします。そこではベンチや植え込みの木の周りに腰かけ、囲碁(바둑、パドゥッ)や韓国式の将棋(장기、チャンギ)を指していたりします。

囲碁や将棋を指している

やはり宗廟のそばにも、価格の安い理髪店があったり、「ジャンスル(잔술)」といって、焼酎やマッコリを一杯売りし、簡単なつまみを出す店があったりもします。

高齢者が飲む立ち飲み屋

このようにタプコル公園や宗廟の周囲には高齢男性が集まっているのですが、そうした男性相手に高齢女性が売春を行っているという話まであるほどです。

そして蚤の市にも高齢男性が集まってきます。ソウル・東大門の東側にある東廟前では毎日、フリーマーケットのような蚤の市が開かれるのですが、古着や骨董品、掘り出し物を見繕っていたりもします。

 

おばあさんたちの生活

おばあさんたちが集まっている場所といえば、家の軒先のような場所が多いように思います。おばあさんに限らず、中年以上の女性によく見られますが、世間話をしながらニンニクの皮を向いていたり、漁村であれば牡蠣を剥いていたりといった軽作業をしている姿をよく見かけます。

 

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#김장하는날 #동네 #할머니들 #품앗이 #꼭두새벽 김장은 하루이틀로 끝나는게 아닙니다.

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また、路上にシートを並べて野菜を売っている人たちも、高齢の女性が多いようです。

そして地方に行くと、東屋(屋根付き建物)のような場所でみんなで寝そべっていたりもしており、外から見る限りでは、韓国の高齢者たちは集まって過ごすことが多いように感じます。とはいえ独居老人が大きく増加していることも事実で、そうした人たちが寄り集まっているのかもしれません。

 

少子高齢化が勢いよく進む韓国

韓国では出生率が低いこともあり、世界最速のスピードで高齢社会に突入しています。急激な経済成長を遂げたため、年金制度の整備が上手く追い付かないままに時が流れてしまったこともあり、そのひずみが高齢者の貧困という形で露呈している現状があります

「孝」の国、韓国。そう聞くと高齢者にとっては優しい国であるように思われますが、実際のところは経済上の問題が大きくのしかかっており、それが日本以上に深刻な状況にも思えてきます。しかし韓国はトップダウンで一気に新たな施策を打ち出していくところがあり、どこかで抜本的な解決策が生み出されるのではないか、わずかながら期待していたりします。

 

 

編集:ネルソン水嶋

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この記事を書いた人

吉村 剛史

吉村 剛史

東方神起やJYJと同年代の1986年生まれ。「韓国を知りたい」という思いを日々のエネルギー源とするも、韓国のオシャレなカフェには似合わず日々苦悩。ソウルや釜山も好きだが、地方巡りをライフワークとし、20代のうちに約100市郡を踏破。SNSでは「トム・ハングル」の名で旅の情報を発信。Profile / Twitter / Facebook / Instagram / 韓旅専科

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