イスラエル料理はまだ、ない。地中海、中東、宗教、絡み合い揺れ動く食文化

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※本記事は特集『海外の国民食』、イスラエルからお送りします。

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イスラエルの国民食はひよこ豆ペーストのフムス

「イスラエルの国民食を一つだけ挙げよ」とイスラエル人に聞いた場合、「フムス」と答える人はかなり多い気がします

イスラエルのレストランで食べられる一般的なフムス。皿の円形をなぞって塗りたくるように盛られ、ひよこ豆、オリーブオイル、パセリなどのトッピングが盛られる。

ディップの要領で、前菜のパンをつけて食べるのがオーソドックス。

フムス(Hummus)はひよこ豆のペーストであり、これまたイスラエルの国民食であるタヒーニ、オリーブオイル 、にんにく、レモン汁などと混ぜて作られます。しかしフムスはイスラエル以外の中東地域でも食されるので、イスラエル独自の料理というわけではありません。それでも、イスラエルにはイスラエルならではのフムスが存在します。

全てイスラエルのフムス。調合・味・トッピング・プレゼンテーションなど、お店によって様々。

フムスはイスラエル発祥でないにしても、紛れもない国民食として君臨している様子。スーパーのフムスコーナーには様々なブランドや種類のフムスが並び、IKEAのカフェテリアでも、堂々とフムスが売られています。

IKEAのカフェテリアのフムス。右にある赤いのはスクッグ(Skhug)という辛いソースで、お好みでフムスにトッピングする。

ピタパンと一緒にどうぞ、と提供されるフムス。オリーブオイルがすこしかかっている。右のフムスはスクッグ付き。

スーパーのフムスコーナー。日本の豆腐コーナーくらい充実している。

フムスに続き、ファラフェルやシャクシューカもイスラエルの国民食として人気。ファラフェル(Falafel)は豆のコロッケでサンドイッチのようにして食べるストリートフードで、シャクシューカ(Shakshuka)はトマトソースで卵を茹でたイスラエルの朝食の定番です。

ファラフェルをピタパンに挟んだ一般的な「ファラフェルサンド」。これもイスラエルのIKEAで食べられる。

一般的なシャクシューカ。飲食店でオーダーすると卵の調理加減を選択できる(半熟or固茹で)。

 

中東っぽくないが、人気メニューはシュニッツェル

カツレツに似たシュニッツェル(Schnitzel)はドイツやオーストリアの料理という認識が一般的ですが、イスラエルでも本場ばりに食べられます。レストランにはほぼ必ずあるようなメニューで、スーパーでも冷凍食品のシュニッツェルが売られています。

ドイツでは皿からはみ出た平べったい牛肉(仔牛)が主流なのに対し、イスラエルではチキンが主流で小さいサイズも提供されます。イスラエルのシュニッツェルは、どちらかというと日本のチキンカツに近い食べ物と言えるかもしれません。

イスラエルの一般的なチキン・シュニッツェル。白ゴマがかかっているのはよくある。

イスラエルは鶏肉の一人当たりの消費量が世界一位。それに加え、チキンシュニッツェルはお子様メニュー的なポジションでもあり、イスラエルに多く訪れる欧米人観光客も安心して食べられる料理。なるべくしての圧倒的需要なので、実は最強のメニューかもしれません。

ハンバーガーチェーンのサイドメニューのチキンシュニッツェル。レモンを絞って食べるという本場の慣習が引き継がれている。

それにしてもなぜシュニッツェルなのか? イスラエルは72年前に東ヨーロッパ出身のユダヤ人たちが建国した国であり、いまでも移民は東ヨーロッパ出身者が多数派。ロシア・ウクライナ・ポーランド・ドイツといった、このあたり地域の食のセンスは大きく受け継がれています。

ニシンやさばのピクルスはホテルの朝食ビュッフェの定番。

スーパーにはロシア土産の定番チョコレート「アリョンカ/Алёнка」も売られている。

世界に約1400万人いるとされるユダヤ人と、イスラエルに観光に訪れる人、どちらも圧倒的に多いのは欧米出身者。こういった背景もあり、シュニッツェル以外にも、ピザ・パスタ・ハンバーガー・フィッシュアンドチップスといった欧米的な定番メニューがイスラエルでも等しく人気です

どれもイスラエルのレストランのメニュー。クオリティはヨーロッパの都市部と同じ、というか、どれも本場で勝負できるくらい美味しい。

 

ユダヤ人国家だけど、ユダヤ料理は国民食ではない

イスラエルは人口の7割がユダヤ人*なのでユダヤ人国家と呼ばれることがあります。しかし、ユダヤ料理がフムスやシュニッツェルのように国内で人気かと言われれば、そうでない気がします。(*ユダヤ人=ユダヤ教徒、という訳ではない)

ユダヤ料理とは、ユダヤ教の食の戒律のカシュルート(Kashrut)に則ったコーシャ(の)料理(Kosher foods)ですが、世界中のユダヤ教徒が食べているためイスラエルだけに限った国内独自の食文化ではありません

ユダヤ料理の定番「ゲフィルテフィッシュ/Gefilte fish」。つみれとかまぼこの間のような魚料理。イスラエルのホテル「ダンホテル」のビュッフェにて。

瓶詰めのゲフィルテフィッシュ。イスラエルのスーパーの魚の缶詰コーナーにて。「コイとハクレンのフィッシュボール」と英語で記載されている。

ユダヤ料理は全てコーシャですが、だからといってコーシャの料理が全てユダヤ料理ではないです。なぜなら、カシュルートに則って禁止食材*を使わず調理すれば、コーシャの料理は作れるからです。

実際に、テルアビブのような都市部にはコーシャのステーキハウスやファストフード店もあり、コーシャ化した現代的な料理が人気です。(*禁止食材は、タコ・イカ・貝・甲殻類・豚・ウサギetc。肉と乳製品の組み合わせもNG)

テルアビブのコーシャステーキハウス「Goshen」のステーキ。ただただ上等で美味なステーキ。

お店の様子も、何の変哲も無く現代的。

コンビニのコーシャピザ。トッピングに肉が含まれないだけで、あとは普通のピザと同じ。

マクドナルドもある。国内180店舗のうちコーシャは50軒のみで、店舗によってチーズもカスタマイズ可能。

ベジタリアンやビーガンじゃなくても美味しい野菜料理を食べるように、イスラエルではユダヤ教徒以外がコーシャの料理を食べることは一般的です。コーシャ料理=ユダヤ教徒のためだけの食べ物ではないのです。

コーシャ・ハンバーガーチェーンの「Meatos」。美味しいので、ユダヤ教徒以外にもまんべんなく人気。

コーシャ料理を食べているという実感は無い。

 

イスラエル料理は、まだ無い

フムスもシュニッツェルもゲフィルテフィッシュも、イスラエル料理ではありません。移民によって建国されたイスラエルの歴史は71年とまだ若く、明らかにイスラエル発祥の料理というのがまだ確立されていないのが現状

約20年前のイスラエルの料理本には「厳密に定義されない……」や「80カ国をレペゼンする……」など書かれている。タイトルは「The Melting Pot(人種のるつぼ)」。

つまり「寿司=日本料理」のような圧倒的一品がイスラエルにはまだ無いのです。しかしそれでも、現代のイスラエルでよく食べられている定番料理やソウルフードを指して「イスラエルの料理」とすることはありえます。

イスラエルの「ナスのグリル」は超定番なので(フムスのようにバリエーションがある)、イスラエルの料理と言っていいように思う。日本のナス田楽にも似ている。

現代のイスラエルの料理をシンプルに整理するならば、大きな3つの要素(移民・土地・宗教)の混成であるということがいえます。移民はヨーロッパを筆頭に、アフリカ、中東、北&南アメリカから多く、これに、中東・アフリカのイスラム教徒やユダヤ教徒などの食文化が混ざります。また、イスラエルは地中海に面した国なので、地中海料理の側面も持っています。

パセリのサラダ「タブーリ/Tabbouleh」。地中海沿岸の中東地域の典型的料理(Levantine cuisine)。ということはつまり地中海料理でもあり中東料理でもあるので、属性の完全な分離が難しい(タブーリ発祥は隣国のレバノンとされる)。

イスラエルの料理は、特に中東と東ヨーロッパの食文化の影響を受けていて、フムスが人気かと思ったらニシンのピクルスも人気だったり。中でも典型例が「イスラエリ・ブレックファスト/Israeli Breakfast」です。

イスラエリ・ブレックファストはイスラエルの朝食プレート。魚・乳製品・卵・サラダ・パン類を組み合わせるのが特徴。

イスラエルの朝食の定番として知られる有名な料理で、地中海沿いの中東地域でユダヤ教の制約に則って東ヨーロッパの食文化をワンプレートに落とし込んだ、イスラエル独自の文脈が産んだ食べ物(食べ方)です。地中海・中東を中心に移民や宗教の要素で揺れ動くこの幅こそ、イスラエル独特の食文化と言えます。

生魚と乳製品がならぶ、朝食ビュッフェの定番。

https://traveloco.jp/kaigaizine/breakfast-israel

あと、ちょっと言い過ぎかもしれませんが、イスラエル料理は確立されてないことだけが明確な料理なので、言い換えれば何でもありな訳です。敵国認定している国が発祥の料理でも、美味しければ自国の人気料理としてプッシュされたりします。食に関してはかなり柔軟な発想があると言えるでしょう。

エル・アル航空の機内食にも登場するペイストリー「ジャフヌン/Jachnun」。ソースはタヒーニとトマトソース。イエメンのユダヤ人がイスラエルにもちこんだ料理と言われる。イエメンはいちおう敵国。

 

イスラエル料理になりつつあるスシ

実はイスラエルでは寿司がかなり人気で、独自の進化を遂げて定番ローカルフードになっています。もはや定番化しすぎて、『地球の歩き方』にもイスラエルの人気料理としてスシが掲載されているほど

イスラエルの寿司として紹介されることもある「スシ・サンドイッチ/Sushi Sandwith」。写真は揚げたバーションだが、揚げないのが一般的。

国内最大の商業都市であるテルアビブではスシの人気が特に顕著で、ショッピングモールや人の集まる大通りには、ほぼ必ず寿司屋があります

イスラエルの人気寿司チェーン「ヤパニカ」。テルアビブのメインストリート「ロスチャイルド通り」のど真ん中にある。

イスラエルで最初にできたショッピングモールかつテルアビブ市民の憩いの場「ディゼンゴフセンター」のエントランスに、寿司屋。

ルーフトップパーティーのケータリングにも寿司。

テルアビブで「スシ食べたい!」となった場合、ヘタしたら日本より早く、どこかしらのスシにありつけるように思います。テルアビブに住んでいるとスシを見慣れてしまって、エキゾチックなアジア料理という要素だけでは勝負できないフェーズにきている気すらします。

テルアビブの人気日本食レストラン「ヤパン」の巻き寿司。ハマチ、サーモン、マグロ、とびこ、アボカド、しいたけ、きゅうりと具だくさんで78シェケル/2,340円。日本のそのへんの居酒屋ではもう敵わない美味しさ。

ヤパンの外観。店員さんは、英語での対応でもメニューに関して答えられないことが無いという様子だった。

「独自の進化を遂げた寿司」なんて言うと、いまさら珍しくも無い(むしろ海外あるあるな)トンデモ寿司といったイメージかもですが、そういう次元を超えて、イスラエル独自のスシは市民権を得た料理となっています。さきほど一部登場しましたが、ファストフードのデリバリーのスシを例に少し紹介しましょう。

イスラエルによくある寿司3タイプ。左から順番に「スシ・サンドイッチ」「ヤキトリ」「マキ」。

スシとして最もオーソドックスなのが「Maki/巻き寿司」。握り寿司は「Nigiri」と呼ぶ。うなぎはコーシャでは無いが、ネタとして別に珍しくはない。

「ヤキトリ/יקיטורי」という商品名で、ヤキトリと串カツと寿司が魔合体したハイブリッド寿司。一口サイズにカットした巻き寿司を串に刺して揚げてある(揚げないバージョンもある)。名称は「Sushi Skewer(寿司串)」が一般的。

柔軟な発想といえばそれまでですが、イスラエルの寿司文化を見て思うのは「既存の料理のフォーマットをプラットフォームとして捉えている」ということ。発祥で勝負できないことは自覚していて、新境地開拓に全ベットしているような潔さが感じられます。スシに限らず、世界中の料理が割と抵抗なく消費されている印象。

フリースタイルを謳う、日本びいきのイスラエルのラーメンチェーン「Hiro Ramen Bar」。

LGBTフレンドリーを意味するレインボーフラッグがラーメン屋に飾ってあるのはテルアビブならでは。

イチオシはコチュジャンとタクワンがポイントの「GOCHU RAMEN」。62シェケル/1,860円。日本で流行りそうにないが味はとても美味しかった。

 

真のイスラエル料理は、存在し得るのか

個人レベルで「うるせえこれはイスラエル料理なんだよ!」と言う人はいるかもしれませんが、イスラエル料理は、イスラエル発祥のイスラエル料理が確立されていないという認識が共有された上で、奮闘しつつ発展しているように見えます。

イスラエルの食に関するドキュメンタリー番組「In Search of Israeli Cuisine」

韓国のキンパプよろしく、ハラール(イスラム教)ではなくコーシャ(ユダヤ教)のシャワルマ(トルコでいうドネルケバブ)なんて、イスラエルの外では誕生しにくかった料理だと思うので、もはやイスラエルの料理と呼んでいいのではと個人的には思っています。

コーシャ・シャワルマサンド。イスラエルのコーシャ・サンドイッチチェーン「New Deli」にて。

「New Deli」の外観。わかりやすく「コーシャ/kosher」と書かれている。

店内にはコーシャ証明書の看板も。

あと、過去にイスラエルのおやつの記事でも似たようなことを述べましたが、国民的おやつのバンバもイスラエル料理にしてあげてほしいなと思ったりもします。おやつだから料理とはまた違うのは重々承知ですが。

コーシャおやつのバンバ。「カール」や「キャラメルコーン」の間のような食べ物。イスラエルの家庭の9割が定期的に購入しているとされる。

しかしやはり、イスラエル料理として注目されるのはいつも、フムスやファラフェルといった中東のメニュー。他の国も自分のソウルフードと思っているような食べ物だから、これを「自分のもの」と言うとどうしても揉めそうな雰囲気です。

イスラエルの料理本「人種のるつぼ」の表紙。ビジュアルが「イスラエルのファラフェル☆」と言っているかのよう。

世界が求める「イスラエル料理」というのはまだ誕生しておらず、料理事情に関しては20年前の料理本でもあるていど現状把握できてしまう状況。

しかしながら、「移民+地域+宗教=イスラエル料理」というフォーマットはすでにちらつき、それはつまり「己のルーツを現地食材でもってしてコーシャ対応で創作したとき(&それが結果として他国で類を見ない場合)、イスラエル料理となる」という解答が出ている気もします。

優秀な頭脳を抱えるハイテク国家と名高いイスラエル。ここらでブレイクスルーが起こるのも、そろそろかもしれません。

 

 

編集:ネルソン水嶋

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この記事を書いた人

がぅちゃん

がぅちゃん

イスラエル・テルアビブ在住のネイティブ京都人。京都市立芸術大学卒業後、米国人の同性パートナーとベルリンに移住し、ライターとして活動を開始。旅メディア・世界新聞の編集長を経て現在に至る。日本、イギリス、カナダ、ドイツでの生活経験がある。ブログツイッターユーチューブ

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