タイのレディボーイとトムボーイに聞く、手術、差別、覚悟…LGBT悲喜こもごも。

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※本記事は特集『海外のLGBT事情』、タイ・バンコクからお送りします。

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おおらかなタイのニューハーフの世界、実は悲喜こもごも?

よくタイは「ニューハーフ天国」などと言われますが、実際に街中では、一見してそうだと分かる人を、交通機関やショッピングモール、一般的な企業の従業員など、どこでもよく見かけます。タイではそんな「ニューハーフ」は「レディーボーイ」と呼ばれます。

いわゆる「性同一性障害(GID)」の、生物学的な性別(身体の性別)と自認する性別(心の性別)が一致していない人で、英語圏を中心に「MtF(Male to Female)」と呼ばれる、「身体が男性・心が女性」で、かつ外見上でも女性の姿をしている場合を指しています。

なぜタイはレディーボーイが多いのでしょう。それは国民性が関係していると考えています。それは、タイ人のおおらかさがマイノリティであるレディーボーイを受け入れ、彼らもまた社会的な地位を獲得している場面が多いからです

ここではそんなタイのレディーボーイの世界を垣間見てみましょう。

東京などで公開されている映画「暁に祈れ」(2018年12月8日公開)に出演するフェームさんも、MtFのひとり。

 

タイにLGBTが多いのは「個人主義の国」だから

タイは多民族国家で、いろいろな主張や生活習慣があります。なによりもタイ人は自由でいることを好むので、他人の信条などに踏み込むことのない個人主義を貫いています。これによって、レディーボーイたちだけでなく、いわゆるLGBT(セクシャルマイノリティーの総称)が比較的自分を主張しやすい環境になっていると言えるでしょう。

例えば、大学も日本とはずいぶんと待遇が違います。国内の代表的な大学である、チュラロンコーン大学、タマサート大学、バンコク大学に電話取材をしたところ、校則上は戸籍の性別に従った制服の着用義務があるものの、、実質的には、試験や卒業式などの公式行事以外ではGIDは自認する性別の制服を着ることが黙認されているようです。

特にタマサート大学は数年前から、医師の診断書を提出して許可を得られれば公式行事でも自認する性の制服を着ることができるようになっています。そのほか、レディーボーイ専用トイレがある大学も存在します。

一時期、深夜の安宿街カオサン通りはレディーボーイ天国となっていた。

教育機関ばかりでなく、基本的にはLGBTではない人と同様に職業選択の自由があり、世界各国の中でも早い段階で、航空機の客室乗務員にレディーボーイが採用されたり、レディーボーイの国会議員が誕生したりと、いろいろな業種にGIDがいます

個人主義の背景のひとつには、タイでは国民は基本的に自分や家族、自身の老後は自分で賄う必要があるということもあるでしょう。タイ政府は社会保障制度を手厚くは用意しておらず、身体的なハンディキャップがある人も当然いますが、国内にはそういった人々も稼げるような市場がちゃんとあります。GIDも同じで、就職先に関してはほとんど差別されることがないため、安心して生活ができる。そういった背景があるので、彼らは自由を謳歌するように生きているのです。

ゴーゴーバーで働くレディーボーイ。店で同じ境遇の仲間に会えて、案外生き生きとしていたりする。

 

実際は多くない? タイのレディーボーイ人口

タイはGIDが多いことから、世界的に見て「性別適合手術(SRS)」(日本では「性転換手術」などを呼ばれますが、「転換」していないので、正確には「適合手術」になります)の技術が発達しています。実施回数が多いので経験値が高く、施術できる医師も多いためすぐに行なえ、ちゃんとした病院と医師であれば安心して任せることができます。

費用面では、日本なら180万円前後、タイは150万円前後からといったところでしょうか(2018年12月の取材時点)。滞在費を考えるとあまり差がないように見えますが、日本は順番待ちが長く、かつ医師の経験値は高くありません。さらにタイには、「タイSRSガイドセンター」といった、日本人が常駐する医療ツーリズムのガイドがいるためタイ語が話せずともやりとり可能で、言葉の壁がない点も魅力です。

ガモン病院の個室はホテルみたいにきれいで広く、過ごしやすい。

そんなタイのSRS業界でトップクラスは「ガモン病院」です。こちらにいるタイSRSの権威のひとり、ガモン先生にお話を伺ったことがありますが、

「タイにGIDが多いということはないですよ。むしろ日本の方が多いはずです」

と仰っていました。

心と身体の性別が一致しない原因はいまだに突き止められておらず、自認していない潜在的なGIDの人も多く存在するといわれ、その正確な人口は把握できていません。

ただし統計的(ハリー・ベンジャミン国際性別違和症候群協会の「性同一性障害の治療とケアに関する基準 第6版」(2001年)など)にはMtFは1万人にひとり、FtM(Female to Male。身体は女性で、男性を自認する人)は3万人にひとりだと言われています(諸説あり、平成15年に日本の国会において「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」の提出された際にはMtFが3万人にひとり、10万人にひとりがFtMとされています)。

レディーボーイのミスユニバースで優勝したことのあるフィリピン人のニューハーフ。

そう考えると、国による違いはもともとなく、タイは一見するとGIDが多いように見えますが割合は日本と同じ、つまり、日本の方が人口が多いので、GIDも多いというのがガモン先生の意見です

タイ社会はレディーボーイたちを受け入れています。ベトナムのホーチミンやカンボジアのプノンペン、ラオスのビエンチャンもよく見かけるので、社会がどう彼らを受け止めているかでGID人口の見え方が違ってくるようです。

左はカンボジアで出会ったレディーボーイ。今後、SRS手術はタイでするそうだ。

 

ニューハーフたちの知られざる実生活とは

世界的にLGBTの人たちは、だれもがそうだという訳ではないにしろ、差別や区別に直面していることは想像に難くありません。タイのレディーボーイたちも例外ではないようです。

当事者たちに話を聞くと、レディーボーイだからいいだろうと思ってなのか、電車やバスの中では身体を触られたり、胸を掴まれたと訴える人もいました。戸籍上は男性でも心は女性なので、ショックは大きかったでしょう。市中ではからかいの声をかけられることは日常茶飯事だそうです。大なり小なり、こういった経験があると話してくれました。

「板尾ママ」という愛称で知られるバーのママさん。彼女もMtFで、かつて地元では実父らからも差別されてきた苦労人。

先ほどは「レディーボーイたちは職業選択の自由がある」と書きましたが、一部では例外もあります。それは公務員、特に兵役や警察関係です。

タイには徴兵制度がありますが、以前はレディーボーイは、公式書類に「精神病」というスタンプが押され、兵役免除という扱いになっていたそうです。

しかし、これによって就職などで不利になる事案が多発したため、今ではそのスタンプ自体がなくなりレディーボーイにも兵役が課せられることになったのですが、実態としては軍がレディーボーイを拒否しているようです。そのため、事前に実施される体力・身体検査でレディーボーイは基本的には不合格になります。

タイの徴兵制度はくじ引き。レディーボーイはマスコミによる懲役の報道でよく利用はされるが、一般会場にはその姿はない場合が多い。それにしても、真ん中の若者のシャツの日本語……。

このように、タイでさえも差別・区別があるので、職業などの夢をあきらめなければならないGIDも少なくありません。しかし、一方ではっきりと区別されることで、レディーボーイたちは自ら人生を切り拓く必要に迫られ、結果的にはそれが彼らの活気に繋がっているという意見もあります。

タイ在住の日本人FtMの人に話を聞くと、

「タイは戸籍の性別変更不可で、一見すると保守的ですが、逆に理に適っています。出家や徴兵など、男女の区別がはっきりしているため、あえて望んだ性として生きることには相応の覚悟が求められるからです」

と話してくれました。

日本の性別変更手続きには書類や実績が必要ですが、逆に言えば、それさえあれば変更できてしまいます。ある種の覚悟は必要なことであるのに、法令化されて不要になり、性別を変えることそのものはハードルが低くなりました。

しかし、日本だと、生活環境によっては異端児扱いされ生きづらい世界で、GIDの中には「自分の身体が憎い」という人もいます。そうしてやっとの思いでSRSを受けて望んだ姿になり、戸籍も変更する。ところがそのことが人生の目標になってしまっていたがために、願いを叶えたと同時に夢を失い、自らの命を絶つということもあるのだそうです。

社会的な様々な圧力に耐える精神力と、それらをひとつひとつ乗り越えていく忍耐力。タイのレディーボーイたちの姿を見ていると、そういった覚悟と意識がGIDには要求されているのだと感じます。タイは比較的そのハードルが低いので、差別はあったとしてもLGBTには生きやすいのかもしれません。

わかりにくいが、豊胸のために脇にメスを入れ、ここからシリコンパックを挿入する。

 

トムボーイたちの「憧れの男らしさ」は間違った方向に行く?

FtMについて見ていきましょう。タイではFtMの中でも、特に外見上は男性のファッションをしている女性を「トムボーイ」と呼びます。これは英語の「おてんば」から来ていると見られる呼び方です。レディーボーイと同様に、トムボーイもまたタイには多いです。

タイはレディーボーイのインパクトが強く、キャバレーショーなどでのイベントも多いことからトムボーイは目立ちづらい傾向にありますが、レディーボーイほどエンターテインメント的な職場がないので、とくに外国人には知られていないだけです。

誤解を恐れずに言うならば、タイのトムボーイは正直あまりよいイメージを持たれていません。事情としては、肉体労働や粗野、乱暴な男性らしい姿に憧れる傾向があるからです。つまり、不良っぽい人が多いというのが現実です。

日本のFtMは自衛隊に憧れるそうだがタイではまだ女性は兵士になれないので、FtMにはなれない職業。

これはタイに限ったことではなく、世界的な傾向のようです。レディーボーイは女性的で保守的なところがあり、ちゃんと生計を立てるにはタイの場合は高学歴が有利ということで、大学まで進学するMtFが少なくないです。一方、トムボーイは男性の悪い部分ばかりを誇張していて不良っぽく、勉強なんかそっちのけでワイルドに遊んだり、肉体労働に従事したがります。そのため、学歴でいうとレディーボーイよりはやや低い傾向になってしまいます。

これによって知識、ひいては情報収集力にも格差が出て、レディーボーイならSRSの情報などをうまく入手しますが、トムボーイはトレンドなどに疎くなり、SRSなどを知らずに過ごしてしまいます。とはいっても外国人に限っては、近年では先のガモン病院などではMtFのSRSよりもFtMの施術件数が多いそうです。特に日本人はMtFが少なくなってきたそうで、「日本でもできるから」というのも事情のひとつかと思います。また、FtMのSRSは非常に過酷なため料金が高く、タイの方が安いという理由もあるでしょう

腕に管を入れ、尿道を形成する。これで数ヶ月過ごさなければならない。

レディーボーイのSRSはすべて完了するのに半年もあれば充分ですが、トムボーイが男性器も形成する場合、1年や2年はあっという間にかかってしまいます。しかも、運も大きく左右します。というのは、男性器は腕や脚の肉を管で型を取ったのちに切除し、それを股間に縫い合わせます。そのときに神経や血管が繋がるかどうか、これが運なのだそうです。数ヶ月かけて型を取っても、それが無駄になる可能性が高いという怖さがあります。まさに男らしい気合いがないとできないことです。

男性器(陰茎)を形成するために腕の肉を剥がしたFtMの人。

FtMの人には一方で、ある種女性らしいかわいさを見ることもあります。というのは、FtMの一番最初に叶えたい夢というのは、「プールや海に行って上半身裸になること」。そのため、乳房を切除し男性らしい乳首を形成するのですが、みなさん、乳首の位置にこだわるのだとか。これは数人のFtMから聞いた、FtMのあるある話だそうです。

こんな姿がFtMでSRSを受けていない人の夢なのだとか(写真は生まれつき男性)。タイの本格ムエタイは女人禁制のため、FtMはなることができない。

 

同性愛者の楽園? シーロム通りソイ2やソイ4

タイには外国人のLGBTもたくさん訪れます。レディーボーイやトムボーイはLGBTの中でも「T」の「トランスジェンダー」に入りますが、ゲイやレズビアンの「同性愛者」も少なくありません。レズビアン向けの遊び場は少ないですが、ゲイ向けは特にシーロム通り周辺に多いです。スカイトレインのBTSサーラーデン駅近辺にいくつかスポットがあります。

この辺りは売春に直結するゲイ向けゴーゴーバーもありますが、シーロム通りは同性愛者向けのディスコやパブなどが密集しているので、ある意味では非常に健全な出会いの場があります。

GID同様に同性愛者も多くが生まれながらの性格から来るものではありますが、タイの場合、後天的に同性愛者になったという人もいます。のちに自分の性的指向に気がついたということではなく、意図的に同性愛者になったということです。

インタビューした人物は高校生まではストレート(異性を好きになる人)だったそうですが、あるとき大失恋をして「もう女の子を好きになることはやめた」という人でした。きっと元々その向きがあったとは思いますが、こういった人がタイには多いです。

事故の多いタイでは、ボランティアが自作した救急車で現場に駆けつける。

これまでのボク自身のタイ生活で感じてきたのは、タイ人はメンタルが弱く、ストレスに耐えられない人が少なくありません。例えば列車やバスなどの重い処罰が科せられる重い交通事故では、運転手が逃げ出してしまうことが頻発しています。身元はすぐにバレるのですが、その場にいられなくて逃げてしまうのです。

かつて失恋をしたからといって、男とつき合おうという発想の方がすごいですが、もう一度言うと、こういうゲイの人、タイには少なくありません。同性を好きになったってケンカすれば失恋するとは思うのですが。この世の中には本当にいろいろな考え方があるのだなと感心してしまいました。

 

 

編集:ネルソン水嶋

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この記事を書いた人

高田 胤臣

高田 胤臣

1977年、東京生まれ。1998年に初訪タイ、2002年からタイ在住。タイの救急救命慈善団体「華僑報徳善堂」唯一の日本人ボランティア隊員。現地採用社員としてバンコクで日系企業数社にて就業し、2011年からライターになる。単行本数冊、AmazonKindleにて電子書籍を多数発行。執筆のジャンルは子育てネタからビジネス関連まで多岐に渡る。最近は「バンコク心霊ライター」の肩書きがほしく、心霊スポットを求めタイを彷徨う。

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