タイポップスはいいぞ! 世界が注目するレア・グルーヴとインディーズ音楽

タイポップスがカッコいいかもしれない
第一印象が、「タイにこんなかっこいい曲があるなんて」だった。
SNSに流れてきて、なんの気なしに聴いた『Long Gone』というこの曲。メロディ、ボーカル、映像もひっくるめ、その浮遊感にハマってからというもの、日がな一日何度も聴いた。ミュージシャンの名前は『Phum Viphurit』、タイ生まれでバンコクを拠点にしている。
「タイに~なんて」と思った理由は、音楽的にタイを舐めていた訳でもなければ、当然そんなことを言う立場でもない。ただ単に、それまで「海外のポップス=洋楽」という図式が頭の中にあっただけに、意外すぎたのだ。かなりの音楽好きなら知るところだろうが、私と同じような人も少なくはないのではないか。
ひょっとして、タイのポップスにはまだまだカッコいいものがあるのでは?
そこに、「ある!」と答えを示してくれた人物がいた。
『タイポップス通』にその魅力を教えてもらう
タイポップスに興味を持って以降、GoogleとSNSの気遣いでやけに情報が入ってくるようになった。その流れで知った方が、下記のよしださん(@ysdasyk)だ。
プロフィールは開口一番「タイポップスが好き」。
実際、投稿はストイックなほどタイポップス情報で埋め尽くされている。
この世界、きっと深いぞ! そう思い取材を申し込んだところ、ありがたくも快諾。

よしださん。拠点は日本だが撮影時はタイにいた、理由はのちほどすぐ。
だが、音楽について語るのに、その音楽を紹介しない訳にもいかないだろう。そこで予習として先に、よしださんオススメのタイポップスをコメント付きで紹介しておきたい。冒頭10秒、いやギリギリ5秒聴くだけでも、「カッコいい」雰囲気の一端は伝わるはずだ。と信じたい。ちなみによしださんいわく「Phum Viphuritは洋楽っぽいので食指が動かない」とのこと。か、悲しい……が、比べる訳じゃないが、確かにもどれもいい!!
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【本編に進む前に】『タイポップス』の解釈は人によりさまざまで、後述の大衆音楽であるルークトゥンやそのほかをふくむ見方もできますが、ここではおもに10~20代の若年層や比較的新しい音楽好きに支持される、『インディーズ・ミュージック』を指す言葉として扱いたいと思います。
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よしださんおすすめのタイポップソング
『Cyndi Seui』、タイ産シンセディスコ。彼はタイ・インディ・シーンの重要人物で、プロデューサーとして多数のヒット作に携わりながら、山下達郎のファンであり、日本のシティポップをタイのミュージシャンに紹介していたそうです。日本の電子音楽マニアやDJにも人気で、アナログ盤が入荷されるとすぐに完売になるとのこと
『STAMP』は、アコースティックギターを中心としたポップ・ロックで、タイのポップミュージック界で絶大な人気を誇るシンガーソングライターです。この曲は2017年に発売された日本デビューアルバム『STH』の1曲目で、全曲英語歌詞。アルバムはタイでも配信後、すぐiTunes Storeのランキングで1位になりました
『Lukpeach』は、オーディション番組がきっかけで2013年頃から知られるようになった若手のシンガーソングライターです。日本語を勉強していた時期もあり、この『High』の歌詞は日本語で書かれています。彼女の音楽を聴いていると深海に沈んでいるような、まるで瞑想をしている気分に浸れます
『Gym and Swim』は5人組のポップバンド。シンセサイザーを使ったトロピカルで浮遊感のあるサウンドが特徴です。この曲のMVはサイケデリックな演出が癖になって頭から離れません。あと、ドラムのマットミーさんが可愛いです……!
余談ですが、この『Gym and Swim』はよしださんのツイートで私も知って、どハマリしました(今もだけど)。MVでは、脚本やメンバーの服装から「70~80年代のタイドラマってきっとこんな感じだったんだろうな」という想像ができるところも見どころです。
それではざっと予習を終えたところで、インタビュー!
魅力の根っこは大衆音楽ルークトゥンと伝統歌謡モーラム?
よろしくお願いします!
こちらこそよろしくお願いします!
ふだんは日本なんですよね?
はい、今回は『CAT EXPO』に参加するために来ました
今から!STAMP🎸 pic.twitter.com/KowJtL9Axz
— タイ人になりたいよしだ (@ysdasyk) 2018年11月24日
Twitterでちょっと見ました、タイポップスの祭典だと
そうですね、たださらに大規模なものはあって、今回はインディーズ音楽を専門に配信している『CAT RADIO』というラジオ局が年に一度開催しているフェスです。インディーズとは言っても、もともと大きな事務所にいて独立した人もいるので、国民的歌手やアイドルも参加していますが

『CAT EXPO』の様子
知ってたら行きたかった……。それにしても、イベントのために海外まで来るってかなりの熱量ですよね。僕自身タイポップスには興味があって、だからこそこうして時間をいただいたのですが、今日はよしださんがそこまで惚れ込むタイポップスの魅力について聞かせてほしいなと思っています!
はい! なんでも聞いてください
では、さっそくむずかしい質問になるかもしれませんが、タイポップスの魅力を一言でいうと……何ですか?
うーん……「独創性」でしょうか
独創性

よしださんが集めるタイポップスコレクションの一部
まず、ポップスにも、シティポップ、ポップ・ロック、シューゲイザー、ドリーム・ポップ、いろいろとあるんですね。だけど、タイポップスはどれにも当てはまらない。聴いても聴いても新しいものが出てきて、驚かされます。だからこそ、説明もむずかしいし、むしろそれを知るために聴いているとも言えるかもしれません
なるほど。でも、「タイポップスが好き」ということは、なにかしら共通する特徴があるはずですよね。簡単に言えば、激しいとか、落ち着きがあるとか。タイの音楽だったら、タイ語のイントネーションが音楽性に影響している、というのもあるかもしれない
はい。「タイっぽい」はあると思うんですよね。それはもしかしたらなのですが、昔からある大衆音楽の……『ルークトゥン』や『モーラム』が、現代の新しいタイポップスにも影響を与えている可能性はあります
ルークトゥン? モーラム?? アメリカのホテルみたいな……
それはモーテルですね(笑)
『ルークトゥン』はタイの大衆音楽を指し、『モーラム』はラオスやイサーン地方(タイ東北部)の伝統歌謡。音楽マニアの若者たちが好むものとは切り離されて考えられていたが、2000年代のはじめにロンドン留学から帰国したタイ人DJのマフト・サイ氏が、レア・グルーヴ(流通が困難だった時代の音楽を発掘&再評価すること)としてイベントやメディアで世界に向けて発信し、ヴィンテージ・ミュージックとして人気に火が付いた。
現代ルークトゥンの一例、1億再生されているあたりかなりの人気曲。
「モー」は達人、「ラム」は声調に抑揚をつけて語る芸能、という意味。
村のお祭りで披露されるバンド形式のモーラム。
そのマフト・サイは、自身が発掘した過去のルークトゥンやモーラムの中でも、選りすぐりの楽曲に「タイ・ファンク」という新たなジャンル名を付けたんです
タイ・ファンクの一例。
ちょちょちょ、これがタイ・ファンクか! カッコいいですね~!!
ですよね! 2000年代以降の音楽好きはそれらに影響を受けているはずで、「具体的にこのあたりが」とまでは言えませんが、同じタイミュージックという系譜にある今のタイポップスも、タイ・ファンク、つまりはルークトゥンやモーラムに影響を受けているんじゃないかと私は思っています
なるほど……日本でたとえるなら「今のJ-POPのルーツが実はイケてる演歌、かも」という感じか
余談だが、レア・グルーヴの流れは日本にもやってきており、最近では海外の音楽好きたちによって60~80年代の邦楽がレコード屋で発掘&イベントやネットなどで紹介され、再評価を受けている。YouTubeで「Thai Funk」ならぬ「Japan Funk」と検索すれば、当時の邦楽をつないだものがジャンジャカ出てくる。
琉球音楽とロックが組み合わさったような、レア・グルーヴ。
60~80年代の邦楽が海外で再評価されているのもその流れにある。
タイや日本だけではない。韓国でも長距離ドライバーが聴く曲として音楽性を軽んじられていた『ポンチャック』というジャンルがあり、それをベースとした曲をインディーズバンドの『チャン・ギハと顔たち』が制作(無論彼らだけではなく)。これ自体はレア・グルーヴではないが、過去の楽曲に注目するという点では似ている。
よしださんとタイポップスの出会い
タイポップスのことはざっくり分かった。いや、愛好家にすれば一笑に付すほどほんの一部もいいところなのだろうけど、さわりはね。そこで気になるのが、よしださんとタイポップスの出会いだ。日本にいて道端でバッタリ出会うようなこと、そうそうないはず。
きっかけはゴルフ・ピチャヤですね
ゴルフ・ピチャヤ!……すみません、だれ?
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アイドル出身のミュージシャンで、2006年には山P(山下智久)とユニットも組んで活動していました。ジャニーズファンの方なら、彼が弟と組んでいた『GOLF&MIKE』を知る人も多いと思います
えっ、山P……って、ジャニーズの? タイ人の男性アイドルが日本で活動してたんだ!?
そうなんです。ただ、その頃に知った訳じゃなくて、2011年にタイへ初めての海外旅行へ行って、印象がよかったので翌年に地元で開催されたタイフェスに行ったんですね。そのとき、すでにミュージシャンとしてソロ活動をしていたゴルフのパフォーマンスに、「こんなカッコいい曲がタイにあるんだ」って衝撃を受けたんです。それで「ゴルフ、何者だ」と思って、その日は朝までYouTubeでゴルフの動画を見漁って。それからタイポップス全体へと興味が広がり、徐々にYouTubeやiTunesで楽曲を聴くようになっていきました
次の動画が、きっかけになったゴルフ・ピチャヤの楽曲『Black Hole』のMV。タイ国内でもアイドル出身の芸能人と見られがちが、作詞作曲、プロデュース、MVの編集など、自身ですべて手がけるマルチクリエイターとのこと。
なお、よしださん、3~25歳までジャズピアノ、23~28歳までDJと、自身もガッツガツのミュージシャン人生を送ってきたらしい。おおぉ、なんか、説得力がさらに上乗せされてきた……。

DJパフォーマンス中のよしださん(メイド服!)
タイポップスの祭典に集うタイポップス好きの日本人たち
CAT EXPO、昨日は1日目だったんですよね。どうでした?
走りました……疲れました……
え? どうして?
ステージとステージがものすごく離れてるんですよ、それで行ったり来たり
では来場者みんな走り回っているということですか? なんかおもしろいなそれ
いや、タイ人は好きなバンドの会場にだけ行く、なんならデートスポットみたいな感じでしたね
あー、地元の人と、日本から来ている人じゃ、温度差というか、機会の価値に違いはあるか……
あと泣きました
泣いた!?
山麓園太郎さんという同じくタイポップスを日本に紹介しているFMラジオDJの方がいるのですが
お~、タイで集うタイポップス仲間!
彼から以前、私が好きな女性ミュージシャンのLukpeachをLINEで紹介してもらっていて、会場でようやく会えたんです

よしださんとLukpeach。確かにこれは泣きましたって顔だ。
それで泣いたのか。日本から来たファンが……向こうもうれしいでしょう、それは!
戸惑ってましたね(笑)
というより、LINEって! ミュージシャンとファンの距離が近すぎません?
それはありますね、さきほどのゴルフにも、「ブログにあなたのことを書いたよ」とInstagramにメッセージを送って「ありがとう」と日本語で返事をもらったことがあります
それは近すぎる、友達か
来場客の顔ぶれも気になりますね、タイの音楽好きの外見的な特徴とか
10~20代の若い人が中心でしたね、男女は半々。全体的に垢抜けている印象で、「あぁ、今、インスタ用に写真を撮ってるんだろうなー」という場面が多かったです
なるほど。日本ともイメージは被るというか、インディース好きはファッションふくめサブカルチャーにアンテナを立てているんだろうな。ちなみに、よしださんや、さきほどの山麓さんのような、ほかの日本人も来てました?
Twitterでつながっている方や、それ以外にも日本人かなという方はちらほらいました
タイポップス好きがタイポップスの祭典で集う訳か……当然だけど、なんだか感慨深いなぁ

会場の様子、ペアルックのカップルがいるあたり確かなデートスポット。
お話、ありがとうございました! タイポップス、ますます興味を持ちました
それは本当によかったです!
最後に。僕ね、『Cyndi Seui』も『Gym & Swim』も、本当に教えてもらって良かったと思ってます。ライターとしてどうだろそれはと思うけど、このカッコよさを言葉で伝えられる気がまるでありません。まずは聴いてくれ! としか。でも今はネットに娯楽が多すぎて、音楽に限らないけど……一歩目までが遠いんですね
わかります。未知なことってスルーしがちですよね
だからぜひ、よしださん。この記事をここまで読んだけど、曲はひとつも聴いていないという人に向けてー、「タイポップスはいいぞ!」という思いのこもった言葉をいただきたい。それでインタビューを締めたいです
はい! タイポップスがどんなものなのかイメージが湧かなければ、まずは試しに私がおすすめしたタイポップスを聴いてみると、人生が少しだけ豊かになるかもしれません。タイは、タイ料理やマッサージだけじゃないってことを知って欲しいですね
ありがとうございました~!
よしださんオススメの「タイ以外の」ポップス
タイポップスの世界、まだまだ底は見えなさそうだ。途中で紹介した韓国のポンチャックもふくめて、「新しいものを聴きたい」という人たちの目には、洋楽とは一線を画した外国のポップスはどれも新鮮かつ魅力あるものに映るのかもしれません。もちろん、洋楽と言ってもたくさんのジャンルや国があるし、こちらもまた広大な海ではあるのですが。
最後にタイから離れて、よしださんオススメのアジア諸国の曲を教えてもらいました。
インドの男性ラッパー、『Honey Singh』(ハニシン)。現地のヒップホップはアメリカナイズされておらず、完全に「インド風」。このようにボリウッドソングとアメリカのヒップホップが混ざったビートのことを「ボリウッドビート」というそうです。この曲は2016年に発売され、インドの音楽好きの中で話題になった名曲です
『EPIK HIGH(エピカイ)』は、韓国のヒップホップグループ。2003年と早い時期にデビューした彼らは韓国ヒップホップ界のレジェンドで、当時保守的だった中でヒップホップブームの火付け役となりました。楽曲では現代人が抱える鬱屈した思いや社会問題について扱うことが多く、曲を出すたびに注目を集めています
『孔雀眼(JADE EYES)』は台湾の女性三人組エレクトロバンド。やや切なげで、宙を漂うようなボーカルが病みつきになります。最近YouTubeで聴いたばかりですが、どハマりしてしまいました
よしださんオススメのタイポップス情報
Cat Radio(タイ・インディーズ・ミュージックを聴くならこのラジオ、ネット配信もしている)
Nong taprachan(バンコクの老舗CDショップ)
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