髪飾りのためなら花泥棒も許される!? ミャンマーに恵みと祭りを知らせる花・バダウ
※本記事は特集『海外の国花』、ミャンマーからお送りします。
家に仏壇があるミャンマー、街中には供花がたくさん
ミャンマーは花の国です。
市場では花売場が一定のスペースをとり、流しの花売りが街を行き交います。というのも、ミャンマーは国民の9割近くが上座部仏教を熱心に信仰する仏教国。たいていの家に仏壇があり、毎日のように花を供えるため、大変身近な存在なのです。
国花どころか12種類の「月花」もある
ミャンマーの主要民族であるビルマ族は独自の暦をもっています。月の満ち欠けで決まるため西洋暦とはズレが起こり、4年に1度ほど同じ月を2回繰り返して調整します。そして、すべての月には下記のように月の花が決まっているのです。
ここで、各月の月花を並べてみました。左から、ミャンマーの月の名前・()内は西洋暦のいつにあたるのか・月花の現地名・学名、さらに和名が知られているものはそれも記載しています。
- ダグー月(4~5月頃) バダウ(Pterocarpus indicus) インド紫檀
- カソン月(5~6月頃) ザッガーワー(Michelia Champaca)
- ナヨン月(6~7月頃) ザンベー(Jasmium Arborescens) ジャスミン
- ワーゾー月(7~8月頃) プンニャッ(Calophyllum Inophyllum)
- パーカウン月(8~9月頃) カッダー(Agapanthus Africanus)
- トータリン月(9~10月頃) インマー(Chukrasia Tabularis)
- タディンジュ月(10~11月頃) チャー(Nymphaea Lotus) 蓮
- ダザウンモン月(11~12月頃) カウェー(Luffa Acutangula)
- ナッドー月(12~1月頃) タジン(Bulbophyllum auricomum)
- ピャードー月(1~2月頃) クワーニュー(Clematis Craibiana)
- ダボゥドエ月(2~3月頃) パウッ(Butea Letrasperma)
- ダバウン月(3~4月頃) タラピー(Calophyllum Amoenum)
写真はパーカウン月(8~9月頃)の花、カッダーです。
ミャンマーで国花は日本の「桜」と「菊」に似ている
月花のうち、国花とされるものはダグー月(4~5月頃)の「バダウ」とナッドー月(12~1月頃)の「タジン」。バダウは雨季の始まりの雨のあとに2~3日だけ咲く黄色い花です。はかなくも豪勢な咲きっぷりは日本の桜に似ているかもしれません。一方、タジンは蘭の一種で王家の花。国家が桜と菊という日本とよく似ていますよね。
タジンの一番花を王家より先に飾ると処刑される!?
タジンの語源はビルマ語の「タンシン(「純粋無垢」という意味)」。東南アジアの熱帯林で木に寄生する蘭の一種で、直径1cmほどの花がいくつも房のように連なって咲きます。
上の写真はミャンマー人の友達からもらったもの。タジンを僧院に寄進した時に撮影したそうです。
かつて、その年最初に咲いたタジンは王に捧げることが慣わしになっており、それより先に髪に飾るなどすると死罪に処されたといいます。王制のない今は誰でも気軽に身に着けられ、12月のシーズンには多くの女性が髪に挿しており、アウンサンスーチーさんもつけていたのを見たことがあります。花嫁の髪飾りにもよく使いますが、新郎新婦が着る衣装はかつての王と王妃の衣装を模しているからでしょうか。
こちらはタジンの花は挿していませんが、ミャンマーの花婿&花嫁の写真です。
国民総意のソウルフラワーはバダウ
しかし、ミャンマー人が国花を聞かれて100人が100人ともまず答えるのはバダウの方です。別名はインド紫檀。その木は、シロアリに強く耐久性に優れ、家の柱や家具、楽器などに使用する高級木材としても扱われます。
バダウはミャンマーの人びとのソウルフラワーともいえる花で、それはそれは愛されているのです。
バダウが愛される理由は、香り・豊作・祭り
この花がこれほど大切にされる理由を考えてみました。
1)芳しい香り
まずは香り。決して強過ぎない、爽やかでほんのり甘い香りを放ちます。ミャンマー人は香りをとても重視するんです。
以前、ミャンマーに関する本の制作にかかわった際、日本人のデザイナーからミャンマーを思わせる花を随所にあしらいたいと言われてバダウを紹介したところ、「デザイン化しにくい」と却下。替わりにブーゲンビリアやハイビスカスを提案され、周囲のミャンマー人たちに相談したところ「あんな香りのない花をミャンマーの花として紹介するなんてありえない」と口々に反対。結局、その時はジャスミンを使うことで双方が納得したのでした。
ジャスミンは特にお供えによく用います。上の写真は町角にたくさんいるジャスミン売り。車のバックミラーに吊るしたり髪に飾ったりします。
2)豊作の象徴
バダウは雨季に先駆けて咲くことから、農業国ミャンマーでは恵みの象徴でもあります。
3)楽しい祭りの予兆
さらに咲くのは毎年、ミャンマー最大のお祭りである水掛け祭りの開始数日前の4月中旬。バダウは祭りの楽しい記憶と強く結びついているのです。
こちらは、どこかでバダウの花を調達してきて水掛け祭りに参加する若者グループ。
https://traveloco.jp/kaigaizine/newyear-myanmar
「花泥棒」で調達した花を分け合う女性たち
バダウはある特別な雨によって花を咲かせ、それは「ダジャンモー(「水掛け祭りの雨」の意味)」と呼ばれます。雨季の始まりと書きましたが、正確にはこの雨が降った後にまた快晴が続き、それからまた雨が降り晴れが続きを繰り返し、だんだんその間隔が短くなっていって本格的な雨季に入るのです。
ダジャンモーが全国のどこで最初に降るかは分からず、どこかの街で国内最初のバダウが咲くとニュースになるほどです。Facebookが普及した今は4月になると「うちの町で咲きました」情報が飛び交い、人びとは我が町のダジャンモーを心待ちにします。桜前線の情報に一喜一憂する日本人の状況と似ているかもしれません。
その年最初のバダウを髪に挿すのが女性のたしなみ
いよいよ雨が降り、その街で最初のバダウが咲くと、女性たちはその花を髪に挿します。
手の届く範囲にある花のついた枝を折り、近隣住民や友達と分け合う光景もあちこちで目にします。明らかによそ様のお宅から延びている枝をみんなで寄ってたかって折っていることもありますが、誰も注意などしません。
市場でも、バダウが咲いた日はいつもの野菜のかたわらにバダウの枝を山盛りにして売っていたりします。売り物ではあるものの常連客にはただで配りますし、私のような外国人が興味を示すとひと枝折って髪に挿してくれました。
1年に数日だけ咲くからこそ大切な花
ヤンゴンでバダウの季節が終わった後に、ミャンマー人の女の子たちと地方へ旅行へ行った時のこと。遠くにバダウと思しき花が咲いているのを見つけると、みんな「バダウだーー!」と叫んで駆けて行きました。結局、よく似た別の花でがっかりして戻ってきたのですが、ミャンマー人のバダウ愛に感心したものです。
聞いた話では、人よりも早くバダウを髪に飾ろうと、自宅近くのバダウの木に大量に水をかけて無理やり咲かせる人もいるのだとか。現在のミャンマーは花にも野菜にも旬があり、それぞれの時期にのみ出回ります。今後、温室栽培などが進めば1年中バダウが買えるようになるのでしょうか。そうなったらただの黄色い花になってしまい、味気ない気もします。
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編集:ネルソン水嶋
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この記事を書いた人
板坂 真季
ガイドブックや雑誌、書籍、現地日本語情報誌などの制作にかかわってウン十年の編集ライター&取材コーディネーター。西アフリカ、中国、ベトナムと流れ流れて、2014年1月よりヤンゴン在住。エンゲル係数は恐ろしく高いが服は破れていても平気。主な実績:『るるぶ』(ミャンマー、ベトナム)、『最強アジア暮らし』、『現地在住日本人ライターが案内するはじめてのミャンマー』など。Facebookはこちら。