カタールの働き方とコネ社会~ある日本人公務員の一日~

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※本記事は特集『海外の働き方』、カタールからお送りします。

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公務員・タケシの一日

カタールといえば「豊富な天然資源で潤う世界有数の富裕国の一つ」というイメージを持つ日本人は多いはず。そんな裕福な国なら国民は働かなくても暮らしていける?……なんてことはありません。今回は公務員として働く私自身の仕事と暮らしを通して、同僚であるカタール人たちの仕事ぶり、そして就活についてお話していきたいと思います。

公務員はグレード次第で月30万円クラスの部屋が与えられる

私が住んでいるエリアは市内中心部に位置するファミリーゾーン。その中に立つ築3年のアパートは政府の借り上げ、住人は全て政府系職員とその家族。公務員は職種と役職に応じてグレードが分けられ、一定以上に該当する職員にはこれらの住居が提供されます。

現在住んでいるアパートの簡単な間取り図。トイレが3つあります。

一人暮らしもしくは夫婦のみの場合は2ベッドルーム、子持ちの家族なら3ベッドルームが基本。上級グレードになればコンパウンドと呼ばれる戸建ての集合区域に入居出来る場合も。我が家は夫婦のみですが、たまたま割り当てられたアパートが2ベッドルームのないタイプだったため、運良く3ベッドルームの大きな部屋に。

住宅エリアにはこのようなアパートがいくつもある

ちなみに家賃は入居者に知らされませんが、ここに住む前に、同じエリア内の家賃の相場を調べて回ったことがあり、およそ月30万円以上になる計算。

公務員は外国人でも一定のグレード以上であれば、このようなアパートやヴィラに住むことが可能です。ただし自分たちで選ぶことはできず、気に入った物件が見つかるまで、担当窓口と何度か交渉する必要があります。

官庁街の向こうに見える住宅エリア

ドーハは、湾を中心にほぼ同心円上に開発された街。海に近いエリアに官庁や企業の建物が集中し、そこから外側に向かって整備された住宅地には、外国人駐在員やその家族が暮らす上記のようなアパートあるいはコンパウンドが、やや郊外に近いエリアにはカタール人が暮らす大きな屋敷が建ち並びます。

緑色のエリアがファミリーゾーン。このエリア内に単身赴任者は原則として居住できません。

これら居住エリアは「ファミリーゾーン」として近年は単身赴任者の入居が禁止されていて、該当する出稼ぎ労働者などはやや不便な郊外、あるいは市外の比較的家賃が安いエリアに住んでいます。

ラッシュアワーを避けて朝6時から動き出す街

このように企業や官庁といった職場の集中するエリアと住宅地が若干離れていることから、子供のいる家庭にとって毎朝の通学は頭の痛い問題。カタール人家庭ならば、雇っている運転手が家族共用の車で送り迎えを担当しますが、外国人居住者にはそこまでの余裕はないため、学校が運営するスクールバスが頼り。しかし、バスのルートによっては家の近くまで来てもらえないこともあり、その場合は両親が自家用車で出勤前に子供たちを学校まで送り届ける必要があります。

始業時刻はどの学校もだいたい朝の7時。この10年ほどの人口増加と比例して車の所有台数も爆発的に増えたドーハでは、6時半を過ぎると本格的なラッシュアワーがあちこちで始まります。これを避けるために、6時前には家を出る人が少なくありません。

交通渋滞は自動車通勤にとって最大の問題

我が家は職場の入る官庁エリアに比較的近くて、車で約10分ほど。1年の大半が高温多湿となるドーハでは通勤は車が基本です。カタール人はもちろんのこと、所得の少ない出稼ぎ外国人でも安い中古車を買い、仲間内で乗り合わせて仕事場へと向かう姿を見かけます

しかし収入の低い彼らにとって最も一般的な通勤手段はバス。渋滞の影響を受けやすく時間が不正確なのが玉に瑕ですが、市内なら最大でも7リヤル (約210円) と格安なため、彼らにとって非常に手軽な移動手段なのです。

地下鉄網の整備も着々と(これは地上走行区画にある駅舎)

2019年度中にはドーハメトロ(地下鉄網)が何本か開通する予定。年々増していく渋滞緩和に期待がかかります。残念ながら、我が家の近くには駅の開設予定はなさそうですが……。

オフィスのある官庁街へ到着

朝食は職場で、皆でシェアするのが「マナー」。

さて、家を6時前に出るとなると、朝食を取る時間がなさそうですが? 実は、多くの人が朝食を職場で食べています

職場に着くと、まずは給仕にコーヒー、あるいはチャイと呼ばれるミルクティなどをオーダーします。多くの職場では各フロアに小さな台所が設置されていて、主に南アジア系や東南アジア系の出稼ぎ労働者が給仕として働いているのです。

コーヒーや紅茶を飲み干し、落ち着いたところで、のんびりと朝食タイムが始まります。家からサンドイッチなどを持ってくる人もいれば、給仕に頼んで職場の周辺にあるカフェテリアからテイクアウトする人も。

多めに買って同僚などにお裾分けします。

私は出勤前に家で朝食を済ませてくるのですが、いつも同僚からお裾分けが回ってきて(地域独特のマナー)、1日2回朝食を取る羽目に。毎回頂いてばかりでは気が引けるので、代わりに家から手作りのケーキなどを持ってきて配ることもあります。いつも、こんな感じで職場での1日が始まります。

朝食以外でも、職員の机の上にお菓子などが山積みされている光景も珍しくないのですが、噂によれば女性の職場はもっと賑やかなのだとか。男女でフロアが分かれている我が職場、あいにく男性の私は女性フロアには立ち入ることが出来ないため未確認ですが……。

余談になりますが、婚姻関係や血縁関係のない男女が同じ部屋に座ることが宗教上の観点から好ましくないとされるため、一部の官庁ではフロアや利用するエレベーターなど全て別個になっています。また銀行などには女性専用の入り口や窓口があり、応対するのも全て女性の職員。このような職場は女性にとって安心して働くことが出来るため、保守的な人が多いカタール人の間でも非常に人気の高い職業です。

でも、お昼ごはんは家で、企業勤めの家族もいっしょに。

正午から午後にかけての暑い時間帯を避けるため、基本的に官庁の勤務時間は7:15〜13:15の1日6時間。そして完全週休二日制。これはどの省庁もほぼ同じです。

タイムカードは指紋認証式。遅刻や早退の場合は省内のシステムから職員各自でログインして手続きを行います。以前はIDカードをかざす方式だったのですが、同僚などにカードを預けて「エア出勤」する不届き者が目についたため、生体認証に改められました。

タイムカードは指紋認証式

お昼過ぎには仕事が終わるので、職員は皆家に帰って昼食を取ります。独身の若い者同士なら、待ち合わせてどこかのレストランで一緒に食事をすることもあるようです。このため、官庁には社員食堂のような施設はなく、周辺にも「ランチが目玉の食堂」などは存在しません。

ちなみに民間企業でも12~13時に一旦業務を終えるところが多く、昼食は家族と一緒に取るということが一般的です(企業によっては16~20時に再び業務再開という場合が多い)。その後は、少し昼寝などして体を休め、日が暮れてからマジリスへ集まったり、家族を連れてショッピングモールへ繰り出したりというのが一般的な平日の過ごし方。

なお、マジリスとは、「座る場所」を意味するアラビア語で、意味としては「客間」あるいは「居間」といったところ。どの家にも必ずある部屋で、カタール人の家では本宅とは別棟になっている場合が多い。ここに毎日親族や親しい友人などが集まって、アラビックコーヒーあるいは紅茶を飲みながら、お互いの近況を報告しあう。

公務員には年間45日のロングバケーション&帰省用の往復航空券

そんなわけで、普段は実働1日6時間だけの公務員。しかも完全週休二日制。

それに加えてなんと、年間の有給休暇が45日もあります

長期休暇を取る時はちまちませずにドカンと1ヶ月以上まとめて取るのが一般的。1週間程度の休みは「長期」とは言いません。たまに近場へ旅行するのに2週間ほどの休みを申請することがありますが、「たった2週間なの? 短いね」と言われてしまいます。

この年休、使わなかった場合は20日分だけ翌年まで繰り越せるので、帰国費用の捻出が難しい給仕などは、2年に一度まとめて2ヶ月以上の長期休暇を取る人も。

ロングバケーションでリゾートにも

またグレードに応じて毎年ないしは2年に一度、出身国までの往復航空券代が支払われます。基本的には職員本人のみですが、上級グレードになれば妻と18歳以下の子供3人分も合わせて出るという太っ腹ぶり。

年休以外では、年間で7日間の任意休暇があります。これは事前の申請無しに取得できる有給休暇。家族が急病になった時などは、この制度を使って休暇を取り、翌日に出勤した際に申請すればOK。

医療費はほぼ「全額」負担、一ヶ月までなら給与も全額支給。

更に病気で休んだ時は、病院やクリニックで発行してもらった診断書を提出すれば、年休とは別の医療休暇扱いに。1ヶ月までは有給休暇と同じく全額が、それ以上の場合は給与の半分が保証されます。

私は、2018年2月に急性虫垂炎にかかり手術をしたことがありました。病院には1週間ほど入院。退院時に医師から「約3週間の自宅療養が必要」との診断書を貰い、これを職場へ提出して合計約1ヶ月の有給休暇扱いに。

虫垂炎の手術で何故かICUに

この時に病院で支払ったのは、付き添ってくれた妻が寝泊まりした個室4日分(緊急搬送だったため最初の2日分は免除)の部屋代と薬代だけ。合わせても2万円ほどです。手術後にICUで過ごした4日間とその間の治療代、なども全て無料でした。

ヘルスカードさえあれば国立病院の診療は基本無料

これは就労ビザもしくは家族ビザを保有し、年間約3000円で健康カードを更新していれば、公務員・民間企業社員に関係なく適用されます。そのため、上記ビザの申請時の健康チェックは非常に厳しいものとなっていて、少しでも不具合が見つかればビザは発行されません。

ちなみに1週間切り上げて自主的に出勤した私。せっかくの休暇なのだから休めば良いのにといぶかしがる同僚たちには「仕事が少ないうちに身体を慣らすため」と説明しましたが、こういう時に割り切って休めないのは、自分が日本人である証拠かもしれないなと思ったものです

 

カタール人の就職事情

仕事探しはコネ頼み

こんなに高待遇、しかもノルマは無きに等しい。また、国のために働いているというステータスを感じられるポイントの高さも相まって、公務員というのは当然ながらカタール人の間でも人気の高い職業です。ところが、政府系の求人は通常行われていません。

では一体どうやって就職するの?

『アラブ世界と福嶋タケシ』後編:砂と太陽の異世界にあこがれて

以前、上記の記事でお話したとおり、友人からその親族であるお偉いさんへの口利きで、私は今の職場に入りました。

人と人とのつながりを重視する社会

つまりは「縁故」ぶっちゃけ「コネ」というやつですが、実はカタール人も多くはコネやツテを使って仕事に就くケースが多く、既に官庁で働いている親族を通じて職を得る人が大半なのです

以前、知人が大学を卒業したばかりの息子に、自分が顔の効く職場を幾つか提示して、「どこが良い? 好きに選べよ」と言っていたのを目の当たりにした時は唖然としましたが。こういった経緯から、職種によっては特定の部族出身者の数が目立って多いという現象も

高卒者には「警察・軍隊」が人気

良い会社へ入るために大学へ進むという考え方は、まだまだ一般的ではありません。

警察や軍隊は憧れの職業の一つ

そのため高卒で就職する人も多いのですが、彼らにとって憧れの就職先といえば、警察か軍隊。一族に警察や軍隊の幹部がいると、子供たちの何人かはそちら方面へ。これまたコネが絡んでくるわけですが、一般企業のようにすぐに管理職に就いたり出来るわけではなく、数年間は訓練など厳しい環境が待っているため、親としても安心できる部分があるのでしょう

また身内に軍関係者がいると、家族の誰かが国外で手術や治療が必要になった場合に、手厚いサポートが受けられるなど、国家の安全保障を司る仕事に対する待遇の良さも人気の理由です。

就職フェアを開くも求人企業と求職者にギャップ

就活という言葉とは無縁のコネ社会ではありますが、いつまでもエネルギー資源に頼ってばかりもいられないという危機感の高まりからか、近年では積極的に「自分のやりたい仕事」を求める雰囲気も感じるようになりました

そんな流れもあってか、2010年代前半には政府・民間合同のキャリアフェアが開催されましたが、会場では若いカタール人よりも、むしろ仕事を探す外国人の姿が目につきました。

就職フェアの様子

また政府系はどこでも「大卒以上」が条件。高卒で公務員の仕事を求めてやってきたものの、予想とは違う反応に落胆して帰っていく人も。

毎年4月上旬に5日間程の日程で行われていましたが、いつの間にか開催されなくなり、以降は各大学単位などで個別に就職フェアが行われています。

カタールで広がる「ローカライゼーション」志向

就職フェアが開催されなくなった具体的な理由は不明ですが、残念ながらコネで良い仕事に就くことが王道パターンということも一因でしょう。加えて、近年は新聞などに掲載される企業の求人広告にも「カタール人のみ」を募集対象にしたものが目立つようになりました。

少しずつ「自分たち」でこの国を作っていこう、支えていこうという雰囲気が高まりつつあります。

卒業証書のイメージ、こちらは厳密に言えば感謝状。

政府系も管理職に就けるのはカタール人だけという決まり。ただし、学歴や資格によって選択できる役職に制限があります。基本的には「勤務年数に応じた給与の増額」といったものもないことから、より良い待遇を求めて、在職中に修士号や博士号を取る人も珍しくありません。中には海外へ留学する人も。その期間は休職扱いになり、戻ってくると管理職の更に高いポジションに昇格できます。

そういった意識を高く持って仕事に取り組もうとする人が増える一方、これまでの湾岸アラブ人に対する「働かない人たち」というイメージそのままの、いつ仕事に来ていつ帰ったのか、さっぱりわからない職員もまだまだ見かけます。

 

カタールで外国人が生き残るためにできること

カタールに来たばかりの頃に比べると、様々な仕事においてカタール人の姿が増えたように感じます。

今は半数以上が外国人職員という政府関係も、5年後はどうなっているか分かりません。事実、ここ数年で多くの外国人職員が解雇され、カタール人に置き換わる事例が目につきます。もはや外国人は専門職、つまりエキスパートでなければ必要とされない時代。ここまでの話だけを読めば、高待遇で毎日気楽に暮らしているかのように見えますが、実際のところ、日々アップデートされるテクノロジーやその情報を積極的に取り入れながら、生き残るために必死な自分がいます。

一方で、今年に入ってカタールでは、在住20年以上の外国人が「永住権を申請できる」ように法律が改正されました。これはまだまだ未熟な若いカタール人たちだけでは賄えない分野を、スキルの高い外国人で補おうという狙いもあります。

もはや日本へ帰って働くという選択肢がほぼあり得ない自分にとって、この永住権は非常に魅力的に見えます。本音を言うなら、国籍を取る、つまり帰化することが最善だと考えていますが、こちらはハードルが高すぎて厳しそうです。

 

 

編集:ネルソン水嶋

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この記事を書いた人

福嶋 タケシ

福嶋 タケシ

1970年生まれ、大阪出身。1999年にUAE大学留学。2002年よりカタール在住。現地政府所属の公務員として、写真撮影およびメディアリサーチ等を担当。ラクダをこよなく愛し、鷹匠に憧れる日系ベドウィン。Instagram / 『遊牧民的人生

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