賭博に花を添えるタイのサッカー、なのにふしぎと健全な国内リーグ

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※本記事は特集『海外のサッカー事情』、タイからお送りします。

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いよいよワールドカップ、タイではおもに「賭博」で盛り上がる!?

日本代表のレプリカユニフォームでサッカーを楽しむスラムの子ども。

ワールドカップが開催されるたび、タイも日本や世界中の国と同様に国全体が非常に盛り上がります。ただ、日本とは事情が違う。タイだけに限らず東南アジアは全般的に同じですが、ワールドカップの試合は賭博の対象になっているのです

タイではムエタイや闘鶏など、認可された施設以外での賭博は違法です。しかし、サッカー賭博は異様なまでの盛り上がり方で、普段から欧州サッカーの試合が対象となっています。ワールドカップ開催時には特別な枠が設けられることでしょう。通常のリーグ戦などでも週末はスポーツバーなどで熱を帯びた応援をしているくらいですから、今年も異様なまでに盛り上がるのは間違いありません。

休憩中のバイクタクシー。

タイのサッカー賭博は、街中の商店やバイクタクシーが元締めとなって賭け金を受け付けます。賭け方にはさまざまあり、大きく分けると、賭け金が少額のタイプと、無制限に賭けることができるタイプがあります。前者は小遣いで楽しむ程度ですが、後者は、負ければ自殺する人、賭け金が払えなくて殺される人などが出てきて大変なことになります。ですので、特にワールドカップ直後は治安が心配です。

大手スポーツ紙に賭けの倍率が掲載される。左の白い紙が実際の賭博用用紙。

「危なくなったら逃げちゃえばいいのでは?」と思うかもしれませんが、そもそも元締めはある程度顔見知りの人でないと賭け金を受け付けませんから、逃げることが難しくなります。また、大々的に言えませんが、賭博を開帳している裏のフィクサーはそういったことを取り締まる側だという噂もあります。逃亡者を捜し出す能力を持った団体さんですから、みなまで言うまでもなく……怖いですね。

ちなみに、筆者の知人がサッカー賭博が好きで、よく週末には少額を賭けているそうです。当たればちょっと豪勢に飲みに行ける金額が入るし、負けても小遣い程度だから、結構楽しんでいます。大穴を当てたときは高額が払い戻しされますが、絶対に期日までに支払われるそうです。案外きっちりしているのだとか。

もちろん、タイ人の中にも賭博ではなく純粋にサッカーを楽しみに見ている人も少なくありません。特にワールドカップは日本と同じで、賭博する人もしない人も、普段サッカーを観る人も観ない人も、みんな一緒になって応援します。日本ならテレビ局が視聴率を気にして放送しない試合もあるかと思いますが、タイは基本的に全戦を地上波で放送しますので、サッカーファンにはたまらない期間になります。

セパタクロー仕込みのタイ人サッカー選手は評価が高い!?

タイ・リーグは「チャント」(掛け声)など応援もしっかりしている。(写真提供:SAMURAIxTPL

そんなタイですが、実は立派なにも国内リーグが存在しています。しかも、これがかなり盛り上がっていて、アジア圏では特に注目されるプロ・サッカーリーグとなっています。1996年に始まって現在は「タイ・リーグ」という名称になりました。毎年優勝チームは「AFCチャンピオンズリーグ」(アジア各国の上位クラブによる大会)にも参戦していますから、日本のサッカーファンにはすでに知られた存在です。

タイは全体的に親日であることや、和食店なども多いことから日本人にとって暮らしやすい国です。政情不安や自然災害など、毎年なにかトラブルが起こっているにもかかわらず、在住日本人も増加しています。

2013年ごろから盛り上がり始めたタイ・リーグ。写真はスタジアムに併設されたショップ、グッズも充実。

そのため、タイ・リーグにやって来る日本人もたくさんいます。日本国内を除き、おそらく世界で1番か2番目に日本人が多く在籍するリーグでもあります。さらに監督としても毎年何人か就任していますし、トレーナーなど裏方でもたくさんの日本人が関わっています。タイ代表チームにも日本人トレーナーが在籍し、試合に同行しているほどです

2012年にはタイ・リーグは日本のJリーグとパートナーシップ協定を結んでいて、多くの日本のチームがタイのプロチームと提携したり、タイで合宿も行っています。今後も両国のサッカーの結びつきは強くなっていくと見られます。

日本人サッカー関係者に話を伺うと、タイ人選手のポテンシャルは高いそうです。若い人には知られていませんが、Jリーグができる以前は日本よりもタイ代表の方が強かったという事実もあります。その源は、セパタクローではないかとのこと。

セパタクローの試合風景(©dbgg1979)

セパタクローはバレーボールを蹴鞠でやるようなものです。植物のツタなどで作ったカゴ状のボールを蹴って遊びます。これが日常的に行われることで、柔軟性や筋肉の使い方が日本人とは違ってきて、タイ人特有のプレーができるのだと言われています。

タイ代表がワールドカップに出場する日が徐々に近づいているのかもしれません。

ミャンマー人難民キャンプで行われたサッカークリニック。靴が左右で違っている。

 

意外に賭博と無縁? 日本人関係者が語る、タイのプロサッカーリーグの不思議

2013年のバンコクグラスの試合。日本人選手も在籍し、日本人観客も増え始めていた。

強い関わり合いを持つタイと日本のプロリーグ、冒頭の賭博の話を聞いてしまうと「Jリーグよ、そんなところと関係して大丈夫か?」という疑問が出てきますね。これが大丈夫であり、世界のサッカー関係者が「タイサッカーの七不思議に入れてもいいのでは」と言うほどの健全な環境が保たれています。

それは、これだけ賭博が好きな国民性で、事実、欧州リーグやワールドカップの賭博は大きな盛り上がりを見せる中、タイ・リーグは賭博とは無縁に成長していること。タイ国内のサッカー賭博の対象には一切、タイのプロチームは入っていないのです

賭博対象ではないが、暴動などはときどき起こり、場内には警察官が常駐する。

推測では、発足当時は道楽程度のもので、プロとしてプレーできる人がいないようなリーグだったからとされます。急激に発展したのがこの5~6年くらいの間で、かつては賭博対象として成立しなかったのかもしれません。のちに規模が拡大しても、賭博関係の方が追いつかなかったのでしょう。

タイのサッカー賭博は違法でありながら、大手新聞のスポーツ欄には賭け金の倍率が掲載され、日本人サッカーマニアでも知らないような選手の些細な故障情報までリークされています。それくらい、賭博のための情報が氾濫しているのに、タイ・リーグに関しては一切その賭博情報はありません

この健全さが結果的にJリーグとの協定や選手の海外移籍などに繋がり、いい意味でタイのサッカーが変わりつつあります。そんな中でのワールドカップですから、かつての日本代表が「次こそは予選突破を」と息巻いていた時代にタイも入っていくのかもしれません。

サッカー選手はタイの子どもたちの夢になれるか?

クロントーイスラム(スラム街)での、タイ人選手によるサッカークリニックに参加する貧困層の少年たち。

2018年シーズンからはいよいよ、タイ人選手がJリーグでプレーし始めました。これも健全に成長を続けるタイ・リーグの成果であり、Jリーグとの関わりや、日本人をはじめとした外国人選手の参加で、タイ人選手のモチベーションが高まってきている証でもあります。

タイ、特にバンコクは土地の狭さもあって、セパタクローやフットサルが主流です。ただ、これまで基本的には遊びでしかなく、タイの子どもたちがサッカー選手になる夢を描くということはまずありませんでした。貧困層も多いため、現実を見つめると、サッカー選手として夢を描くよりは、いい大学を出ていい会社に入る方が確実に儲けることができたからです

タイの子ども(特に男の子)がスポーツ選手として稼げるものといえば、ムエタイがあります。それは今も変わらないのですが、日本や世界のスタンダードな格闘技と違い、タイのムエタイ選手は年間に出場できる試合数が非常に多いです。これによって、勝てば稼げる、という仕組みができあがるのですが、一方で、幼少期から鋭い打撃を頭部に受けることで、20代あるいは30代になるころには脳に損傷を受けてパンチドランカーになってしまう人も少なくありません

ムエタイは今でも貧困層が稼ぐための手段ではあるが、リスクも大きい。

今は生活がだいぶ豊かになり、ネットの発達でたくさんの情報が入る時代になりました。タイも同じで、これからはムエタイだけでなく、ほかのスポーツでも稼げるということが示されれば、そちらを目指す子どもも増えるでしょう。タイでサッカーに関係する人たちの中にはスラムなどの貧困層の子ども向けに無料でサッカー教室を開催する人もいます。社会貢献と同時に、子どもたちに夢を持たせることができる点では注目される活動です。

タイ人チアガールもまたキュートで、会場ではカメラ小僧が撮影に夢中になる。

そういった中で日本でプレーするタイ人選手が現れ、同時にワールドカップ開催も重なり、タイの子どもたちが「いつかは自分もあのフィールドに立ちたい」と思うかもしれません。そのときにまたこの国は大きく変わるのではないでしょうか。今回のワールドカップは、いつもとは違った影響をタイに与えるのかもしれません。

 

 

編集:ネルソン水嶋

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この記事を書いた人

高田 胤臣

高田 胤臣

1977年、東京生まれ。1998年に初訪タイ、2002年からタイ在住。タイの救急救命慈善団体「華僑報徳善堂」唯一の日本人ボランティア隊員。現地採用社員としてバンコクで日系企業数社にて就業し、2011年からライターになる。単行本数冊、AmazonKindleにて電子書籍を多数発行。執筆のジャンルは子育てネタからビジネス関連まで多岐に渡る。最近は「バンコク心霊ライター」の肩書きがほしく、心霊スポットを求めタイを彷徨う。

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