『出産』したレズビアンカップルの友人と、多様性の街・ベルリン。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

※本記事は特集『海外のLGBT事情』、ドイツ・ベルリンからお送りします。

クリックorタップでドイツ説明

 

女ふたりで子育て

「おぎゃー」という赤ちゃんの声が、隣の部屋から聞こえてきました。しばらくして「今日は興奮しちゃって寝付かないわ」と、赤ちゃんを抱っこした女性が入ってくると、もうひとりの女性が「マーラや〜」と、赤ちゃんをあやし始めました。

ここはベルリンのアパートの一室。2人の女性の名はアニカとカロリン。生後7ヵ月のマーラちゃんは、アニカが産んだ「カロリンとの」娘です。

アニカとカロリンは、つきあい始めて11年になるカップル。10年前から一緒に暮らし始め、2017年10月にドイツで同性婚が合法になると、翌年1月に結婚。2018年3月にはマーラちゃんが生まれました。

同性カップルが全然珍しくないベルリンでも、子どもを持つカップルはまだ少数です。私が知っている同性カップルで子どもがいるのは、彼女たちが唯一。女性同士のカップルがどうやって妊娠・出産したの? ふたりとも子どもがほしかったの? などなど、聞きたいことがいっぱいあったので、お宅にお邪魔してきました。

待望の娘が生まれて幸せな、アニカ(右)とカロリン(左)のカップル。

 

「多様性」と「自由」の街・ベルリン

ちょっとその前に、ベルリンのお話をしましょうか。ベルリンでは同性カップルが珍しくないと書きましたが、これは私の実感でもありますし、統計でも裏付けられている事実です。ドイツの調査会社がEU各国の1万2000人弱に対して行った調査によれば、ドイツでLGBTだと自認する人は7.4%。EU平均の5.9%を上回っています。

私の周りでも同性愛者は男女ともにいますし、以前は異性とつき合っていたけれども現在のパートナーは同性、あるいはその逆というケースもあります。異性愛者に比べれば少数なので性的マイノリティへの誤解や偏見はゼロではありませんが、日本に比べればかなり低いと思います。そのせいか、同じ日本人でもベルリンではゲイの方とよく知り合いますし、中にはドイツで同性婚をした男性もいます。

ベルリンは「多様性」と「自由」を掲げる大都市です。なんといっても前市長のヴォーヴェライト氏は同性愛者。しかも市長選前にカミングアウトした上で就任したのです。ほかの都市も同じかどうかはわかりませんが、やはり同じくカミングアウトしていたヴェスターヴェレ元外相(故人)の存在を考えても、少なくとも日本とは感覚が違うことは確かでしょう。

ゲイであることをカミングアウトした上で市長に就任したクラウス・ヴォーヴェライト前ベルリン市長。

 

ベルリンの有名イベント、CSDとシティフェスティバル。

ベルリンでは、LGBTデモの「クリストファー・ストリート・デー」(通称CSD)が2018年で40回目を迎えましたし、ベルリン随一のLGBTエリア(後述します)で開かれる「レズビアン・ゲイ・シティフェスティバル」は26回目を数えています。前者が毎年7月最終の土曜日、後者がその1週前の土日と、7月の週末に2つのイベントが立て続けに開かれます。

仮装と音楽が圧巻のCSD、2018年は59台のトラックと約50の徒歩グループが参加。

人々の仮装を見るのも楽しみの一つ。

CSDは約60台ものトラックの山車や徒歩グループが大音量の音楽とともに市内を行進するデモで、ちょっとした野外フェスのよう。派手なメイクや仮装でデモとともに歩く一般参加者もいてお祭り気分なのですが、目的はあくまでも性的マイノリティへの差別に対する抗議です。

一方の「レズビアン・ゲイ・シティフェスティバル」は、通りの両側に性的マイノリティ関連団体の情報ブースや食べ物・グッズ販売などの屋台が並ぶフェスティバル。数ヵ所あるステージではコンサートが開かれていて、縁日を思い起こさせます。

辺り一帯がレインボーカラーに彩られる「レズビアン・ゲイ・シティフェスティバル」。

政党もブースを出して、LGBTへの取り組みをアピールしています。

こうした性的マイノリティ関連のイベントは、大人や当事者だけが参加するものと思われそうですが、そんなことはありません。どちらも年齢や国籍を問わず様々な人が訪れています。私もほぼ毎年のように出かけていて、自分の中ではベルリンの風物詩のような存在。出かけるたびに「性的指向や性別、国籍などに関係なく、人はみな一人の人間として生きる権利があるよなあ」という、当たり前ながらそれが実現できていない社会に気づかされますが、決して悲観的な気分ではなく、未来への希望を感じています。

各団体が啓蒙活動を盛んに行っています。無料でもらえるグッズもたくさん。

ブースの個性もさまざま。

「レズビアン・ゲイ・シティフェスティバル」が開かれるのは、Schöneberg(シェーネベルク)という地区にあるNollendorfplatz(ノーレンドルフプラッツ)駅の北側周辺。この辺りはバーや美容室が特に多く、入口にレインボーフラッグのステッカーがよく貼ってあります。日本でもその存在は知られてきていると思いますが、これはLGBTのシンボル。もちろんステッカーの有無に関係なく誰でも店に入れますが、ウェルカムの印です。

ベルリンには、ほかにも数ヵ所似たようなエリアがあります。たとえばKreuzberg(クロイツベルク)地区のMehringdamm(メーリングダム)通り周辺や、Prenzlauer Berg(プレンツラウアー・ベルク)地区のSchönhauser Allee(シェーンハウザー・アレー)駅周辺。ですが、こうしたエリアがLGBT一色というわけではありません。

 

男友達が精子提供、人工授精で娘が誕生。

では、冒頭のアニカとカロリンの話に戻りましょうか。もともとベビーシッターなどをしていたカロリンは子ども好きで、ずっと自分も子どもがほしかったそう。アニカも5〜6年前から同じ気持ちになり、意見が一致しました。でも自分たちが子どもを持つ前は、そうしたケースは1組しか知らなかったそうです。

「それで、相談に乗ってくれる施設に行ったんです」とカロリン。2人が訪れたのは、LGBTを対象とした家族に関する相談や提案をしている団体。そこで、レズビアンカップルが子どもを持つにはどういう可能性があるかを相談しました。

「相談に行ったら、子どもがほしいゲイもいるというのを知ったんです。ゲイやレズビアンの男女が集まって、互いに子どもを得るためのマッチング会というのもあったんですよ

おもちゃに囲まれたマーラちゃんの部屋。

しかし、結局マーラちゃんの父親となった男性は、カロリンの男友達でした。

「私がその男友達に、アニカとの子どもがほしいと話したら『僕が父親になってもいいよ』って。半分冗談、半分本気みたいな雰囲気だったけど、アニカも交えて3人で話し合うことにしたんです。彼にとってみても、自分の遺伝子を受け継いだ子どもがどんな家庭で育つかは大切だったみたいで、私とアニカの家庭がどんな様子か知りたいと

話し合いの結果、男友達が精子を提供、アニカが人工授精によって出産することに決定。3人で弁護士を訪ね、きちんと契約書も交わしたそうです。

「人工授精そのものはそんなに大変じゃなかったですよ。会社の昼休みに医者に行って、何回かやったら妊娠しました。でも、私は母親になる気はそんなになかったんですよね。カロリンは子ども好きなんですけど」と、アニカ。

なぜアニカが出産したのかといえば、カロリンによると「バランス」。「私が産む選択肢もあったけど、どちらかというと私のほうが人に対してオープンなので、人と知り合うことが多いんです。もし私が子どもを産んで、その後で誰か別の人を好きになったりしたら、私がすべて持っていくことになってしまう。それはバランスが悪いと思ったんです。でももし2人めの子どもを持つとしたら、今度は私が出産するという可能性もありますよね」と説明します。なるほど。人間関係、いろいろありますよね。

ドイツによくある、引き出し付きのおむつ交換台。親が立ったままおむつ交換できて、引き出しにおむつやタオルも入れられます。

読み聞かせする絵本。

 

マイノリティならではのストレス

ベルリンでも子どもを持つ同性カップルはまだ少数。カロリンは周りから「本当のママは誰?」と聞かれることも多く、そのたびに説明を繰り返すのはストレスだとも言います。

現在、法的にはアニカがマーラちゃんと血縁関係のある母親。血縁の母でないカロリンには、今のところ親権はありません。「同性婚だと、子どもができても私が自動的に親権を得られるわけじゃないんですよ。私はマーラと養子縁組しないといけないんです。そのためには、私の健康証明や仕事の収入証明が必要だったりして、なんで?って思いますね」とカロリンは話します。

©Dennis Skley

それでも、アニカとカロリンは共にドイツ版育児休暇の「両親時間」を4ヵ月間取得しました。これは国が定めた育児休暇制度で、両親が申請すれば子どもが満3歳を迎えるまでに合計3年間取得できるもの。父親・母親のどちらかだけが取得することも、両親が同時に、あるいはタイミングをずらして取得することも可能です。「両親時間」を取得した親は、育休中の生活費を支給してくれる「両親手当」という制度も申請できます。「両親手当」ではそれまでの月収の約67%が支給されるので、生活費の心配をせずに育休を取れる仕組みです。このため「両親時間」(育休)を取り「両親手当」を申請する父親の割合は年々上がっており、2014年では34%に上ります(出典:ドイツ連邦統計局)。

そこでアニカとカロリンのような女性カップルの場合はどうなるかというと、血縁の母(アニカ)と、法律上の父親、そして血縁の母の配偶者(カロリン)に両親時間を申請する権利があります。今はその両親時間を終え、カロリンは1日6時間の時短勤務で職場復帰。アニカは引き続き両親時間を取得中です。

日本ではそもそも同性婚自体が認められていませんが、もし認められたとしても両親ともに育休まで取れるかどうか。そう考えると、一歩も二歩も先を行っているなと感じます。

ベルリンにいると、画一的な家族像を持たなくなります。同性カップルもいますし、ひとり親家庭も当たり前。それぞれ子どもを持った男女が家族になる「パッチワークファミリー」もよくあるケースです。どんな形であれ、自分たちが幸せならそれでいい。いろいろな家族像を見て、そう思うようになりました。

 

 

編集:ネルソン水嶋

  • ※当サイトのコンテンツ(テキスト、画像、その他のデータ)の無断転載・無断使用を固く禁じます。また、まとめサイトなどへの引用も厳禁です。
  • ※記事は現地事情に精通したライターが制作しておりますが、その国・地域の、すべての文化の紹介を保証するものではありません。

この記事を書いた人

久保田 由希

久保田 由希

東京都出身。ただ単に住んでみたいと2002年にドイツ・ベルリンにやって来て、あまりの住み心地のよさにそのまま在住。「しあわせの形は人それぞれ=しあわせ自分軸」をキーワードに、自分にとってのしあわせを追求しているところ。散歩をしながらスナップ写真を撮ることと、ビールが大好き。著書に『ベルリンの大人の部屋』(辰巳出版)、『歩いてまわる小さなベルリン』(大和書房)、『きらめくドイツ クリスマスマーケットの旅』(マイナビ出版)ほか多数。HPTwitterFacebookInstagram

  • このエントリーをはてなブックマークに追加