“守りたい家だからこそ民泊に”ー。北イタリアの田舎暮らしとステファノさんの郷愁
ひょんなことからイタリア・トリノで民泊のお手伝い
国内や海外旅行で、ホテルではなく民家に泊まる民泊を利用する方も多いのでは? 現地の暮らしをダイレクトに体験できるのも人気の理由。2008年からAirbnbをはじめとしたインターネットでの仲介も増え、日本でも民泊をビジネスとして始める人も増えてきました。
今、私は、イタリア人の友人が始めた民泊の仕事をお手伝いしています。場所は北イタリアのトリノの隣、モンカリエーリというちょっとした田舎町。
去年の冬にトリノで行われたアートフェアに日本から参加した時に民泊を利用。そこでオーナーのステファノさんととても気が合い、アーティストレジデンス(アーティストを一定期間招へいし、滞在中の活動を支援する事業)として制作&滞在の場を提供していただくことに。その過程で、「おもしろそうだ」と民泊運営を手伝うことになったのです。
なかなか民泊の仕事を、ましてや海外においては知る機会が少ないのではないでしょうか? というわけで、ステファノさんに取材。北イタリアの民家や、彼らの仕事をご紹介したいと思います!
北イタリアの田舎暮らしってどんなもの?
オーナーのステファノさんは北イタリアの伊達男
こんにちは! よろしくお願いします
よろしく!
はじめまして、アンドレアさん! 普段はイギリスにいるんでしたっけ?
はい、今はロンドンに住んでいるけど、地元で友人の結婚式があるのでこっちに帰ってきてます
彼は、有名なレストランで働いているんだよ
今はウエイターだけど、前のレストランではシェフだった。ちなみに兄貴も元シェフだよ
彼は今最高に幸せなんだよ、大好きな兄貴と一緒に過ごせてるからね
は? 嬉しいのはそっちでしょ?
二人のやり取りを聞いていると、とても仲が良いのが伝わってきます!
さて、まずは彼らが民泊に使っている持ち家について案内してもらいましょう。
カラフルな一軒家が多いイタリア、防犯意識はとても高め
この家は北イタリアでは定番な様式なんですか?
そうだね、モダンなタイプだけど30年前に建てられたものだよ
ヨーロッパの住宅にはレンガや石、コンクリートで外壁を積み上げてつくったものが多く、丈夫で劣化しにくいので、子や孫の世代が修復を繰り返すため築何百年という家も少なくないそう。また、良質な石材の調達が容易な環境があり、地震が少ないのもその理由のひとつ。
イタリアの一軒家はカラフルで、広い庭で住人たちは日向ぼっこをしたり家族や友人とご飯を食べることが多い。また、家やガレージのゲートがリモコン式の立派なもので、警報機が必ず付いています。家の中でも、寝室、バスルーム、リビング、客間、そして戸棚などの家具にまで開け閉めが困難な鍵が付いており、防犯に力を入れている印象です。民泊には最適ですね。日本の田舎に住んでいたこともありますが、その土地では玄関に鍵をかけないなんて日常茶飯事。同じ田舎でもだいぶ違います。
この部屋、窓がたくさんあって素敵ですね!
ここは母がデザインして職人に作ってもらった。眺めがいいんだよ、見てみて!
おおーーー
今日は晴れているので、ちょうどmonviso(モンヴィーソ)山が見える。その下に見える街がトリノね
モンカリエーリとトリノとの距離は、車で30分ほど。人が多いトリノとは対照的に、まわりには畑や林もある落ち着いたところです。
寒い北イタリアの冬を凌ぐ、暖炉とセントラルヒーティングの二段構え
家に入って目につくのはやはり、立派な暖炉。
暖炉があるんですね、日本ではあまり見ないなぁ
北イタリアの冬は寒いからね。開放燃焼暖炉が地下とリビングに、温度調整ができる鉄製暖炉がキッチンとゲストルームと二階の寝室にあるよ。よく使う場所はこのキッチンで、冬は薪割りの仕事もあるんだ。開放燃焼暖炉は煙がすごいし火の粉も飛び散るから、あまり実用的じゃない。見た目は素敵だけどね
暖炉は、排煙のため構造上かなりのコストがかかるため、設置する数や煙突の数に応じてかつては税金がかけられていたほどの高級品。そのため18世紀頃までは一般的な家庭には存在しなかったようですが、現在は一軒家にあることも珍しくないそう。
基本的に暖房はセントラルヒーティング。家中に、ガスで沸かしたお湯が通るパイプが張り巡らされている
え、家中にこんなパイプが? 広いのでガス代がお高いのでは?
そう、かなり高い……
大変……でも冬は暖かそうですね~! 夏用のクーラーはないんですか?
ない! 夏は暑いけど、街の方より気温は低いし、丘の上なのでフレッシュな空気が入ってくるから問題はないんだ
北イタリアは、温暖な地中海性気候の南イタリアとは異なり、大陸性寄りの冷涼な気候で冬には雪が積もることも多い。ここに限らず、ヨーロッパにおいて冬が寒い地域では、家全体を温めるセントラルヒーティング設備は一般的。さらに暖炉があれば早く設定温度に近づくため、ガス代とエネルギーの節約になるんだとか。
外に出ると常に鳥のさえずりが聴こえ、豊かな自然を五感すべてで感じられる。たしかに空気が美味しい! 木々の新鮮な香り。イノシシやシカ、キツネやフクロウなどの野生動物も近くに暮らしているそうです。
世界各地から泊まりに訪れる『スーパーホスト』! ゲストと料理も
ステファノさんの民泊には、イタリア人のゲストのみならず、フランス、ドイツ、スペイン、バチカン、ウクライナ、ロシア、台湾、中国、などなど……。まさしく世界各地から集まってくるそうです。それもそのはず! Airbnbの登録から、たった一ヶ月ほどで優秀なホストに贈られる『スーパーホスト』の称号を得たというほど。よほど、ゲストへの気配りやおもてなしが素晴らしいのでしょう。
アンドレアとアンは大体いつも金曜日の夜に来て、日曜日の昼に帰るかな。気持ちよく利用してくれるし、とても良いゲストだよ! アンドレアは元俳優で、アンはオペラ歌手なんだ
それにしても、ゲストと楽しそうに過ごしているとはいえ、こんな素敵な家をなぜステファノさんは家族や友人たちとだけで楽しむのではなく、民泊に利用しようと思ったのでしょうか?
ステファノさんが実家で民泊をはじめた「ちょっと悲しい」理由
ふだんは一人で住んでいますよね、いつ頃から?
一人になったのは、もう3年前だね
ステファノさんは、7年前に引っ越しをきっかけに家を出たご両親と入れ替わりで、弟さんと2人で暮らしはじめたとのこと。そこに友人も加わって3~4年ほど3人で暮らしたあと、弟さんはシェフの仕事でロンドンへ、友人も別の場所へ。それからは3年間に渡ってこの広い家で一人暮らしをつづけたものの、去年8月にシェフをやめて民泊をはじめたのだそうです。
そもそも、この家にはいつから住んでいるんですか?
生まれたときからずっとだね、家中に思い出が沢山詰まってるよ
そんなに前から! 当時はどんな子供だったんですか?
外でばかり遊んでた。隣家に親友がいたので、彼の兄妹と弟もいっしょに
そんな思い出が詰まっている場所を、どうして民泊として開放したんですか?
一人で暮らすようになって使わない部屋があったこともあるけど、家の維持費を確保するため。悲しいことに、今この家を売るかどうかの審議中なんだ
なるほど……シェフをやめて民泊を運営することに葛藤はありました?
もちろんあったよ。民泊を始めること自体も不安があったし、けど自然とそんな流れになって、もうそうするしかない状況だった。もう少し民泊が軌道にのってきたら、シェフの仕事を再開しようとも考えている。今でも家族と今後についての話し合いは続いているけど、その度にナーバスになって夜眠れない日もあった。正直に言うと、それまでリッチだったのに、今は貧乏になってる。どちらも若いうちに経験できて、よかったけど!
そこには家庭の事情のみならず、2010年の欧州経済危機を背景として、不動産をいくつか持っていたお父さんのビジネスも煽りを受けたためだとのこと。イタリアの失業率は11%とEU内でギリシャの次に高く、15~24歳の若者に至っては32%という状況。不動産業界も低迷してます。
民泊化の大改修! なんと道路の補修まで
思い出の詰まった家を手放したくないからこそ、民泊運営を決断。ビジネスというよりは、必要に迫られて。資金も潤沢にある訳ではなかったため、ステファノさんは改修工事を全て一人で行ったという。
具体的にはどんな工事をやったんですか?
3つのゲストルームすべて、部屋の壁を白く塗り直したり、巾木(床と壁のつなぎ目、壁の最も下に取り付ける細長い板)を全て張り替えたり。他には、家に面した道路の穴ボコをコンクリートで埋めたり。でも、古い家なので、補修、改修すべき所はまだまだあるんだよね
道路まで補修していたんだ!ちなみに板張り作業は私もお手伝いしました。
トリノはミラノに次ぐ工業都市。大手自動車メーカー、フィアットの企業城下町として発展した自動車工業の都市でもあります。アルファロメオ、ランチア、ランボルギーニなどもイタリア車として有名ですよね。そのため北イタリアでは職人や働き者が多く、平均所得も南イタリアより高い様子。
イタリア人も南北によって気質が異なり、南イタリア人が陽気なラテン気質であることに対して、北イタリア人は真面目で堅実。また、職人にはきめ細やかな丁寧さや独自の美意識を持っている方が多いです。
ちなみにこの門は、ステファノさんが飼っている犬が苦手なゲストのために設置。これほどの気配りを知ると、前述の『スーパーホスト』の称号もうなずけますね。
今後の計画は? 畑の拡大! 地下室にジム! 冬はスキーツアー!
今後の計画を教えてください!
まず、今夏に向けて畑を拡大する。いずれは裏庭にもっとフルーツの木などを増やしたい。ゲストに野菜や果物をギフトしたり、とれたての野菜で料理を振る舞えたらと思っているんだ
パプリカ、ピーマン、ナス、ズッキーニ、トマト、ハバネロ、じゃがいも、セロリ、サラダ菜、ブロッコリー、カリフラワー、キャベツ、人参、ラズベリー、ブラックベリー、ブルーベリー、セージ、ローズマリー、パセリ、バジル、タイムなど……盛りだくさんの野菜に果実を栽培中。イタリア料理は食材が豊富なので、このようにたくさんの種類の野菜を家庭菜園することも珍しくないそう。
友人が大学で農学部を卒業した後、レストランが運営する畑で働いているよ。彼に栽培方法を聞いたり苗をもらったり、あとはインターネットで情報を得たりして家庭菜園をしている
イタリアでは、オーガニック食材の普及を背景に、今農業に注目が集まっているらしい。オーガニックワインも美味しいですよね。2016年の1~9月までに35歳以下の若者が起業した分野では、農業が第2位を占めたのだとか。経済危機という状況の中、将来が明るい業界として若者の間で認識されつつあるようです。
これだけ食材が豊富だと、元シェフの経験を活かせますね!
そうだね! 将来的にはここで、少人数・予約制のレストランを開けたらと思ってるんだ
山と都会の景色が見られるレストラン、いいなぁ
あと冬には、スキーとスノーボードのツアーをやる。子供の頃から山でよくスキーをやっていたので、良い場所やプロフェッショナルも知っている。きっと、ゲストにも喜んでもらえると思うよ
この一帯はウィンタースポーツが有名で、2006年の冬季オリンピック(フィギュアスケートで荒川静香さんが金メダルをとった年)ではトリノが会場に。そのため認知も高く、世界各地から毎年スキーヤーやスノーボーダーが訪れます。
地元でも昔からの友達が多いステファノさんですが、民泊を始めてから、さらに色々な国の友達ができたといいます。文化の違う様々な人達と出会えるのも、民泊の仕事の醍醐味かもしれません。ジムに畑にご近所とのコラボレーション、さらに新たなゲストとの出会い、これからどのような発展があるのか楽しみです。
家族思いで友達も大事にしているステファノさん。ゲストに対してもその姿勢があらわれているように感じます。たとえばアメニティのタオルだけでも、バスローブ、身体用、髪用、手用、ビデ用、足用マットと、こんなにたくさん。日本人でいうとおそらくA型タイプ。おおざっぱなO型の私からすると羨ましい丁寧さです。
民泊にはオーナーそれぞれの個性が出ると思います。家のしつらえからサービスまで千差万別。旅行をしてその土地の『人』を知りたいと思ったら、民泊に泊まってオーナーとコミュニケーションをとってみることをオススメします。
最後に、余談ですが、私がイタリアに来て初めて気づいたこと。それは『タートルズ』のメンバーはみんなルネッサンス期のイタリア巨匠芸術家の名前。レオナルド、ラファエロ、ミケランジェロ、ドナテロ。みんなイタリア人だったのか!
ステファノさんのAirbnbはこちら(どちらも同じ物件の部屋。田舎なので車は必須です)
Camera camino/bagno privato in villa in collina – 借りられるヴィラ – Moncalieri, Piemonte, イタリア(暖炉/プライベート・バスルーム付き)
Camera/bagno privato in splendida villa nel verde – 借りられるヴィラ – Moncalieri, Piemonte, イタリア(暖炉/プライベート・バスルーム付き)
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編集:ネルソン水嶋
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