『がぅちゃんと性なる理想郷』後編:パパはおもしろいアメリカン

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ヤツはつまらないスカタン野郎

『がぅちゃんと性なる理想郷』前編:ぼくはホーニーなバガボンド

ファァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーク!!!

「ファック。」ではなく「ファアア〜」と、唸り声で怒鳴り続ける、狂気を伴うやばいほうのやつだ。ご近所のキャッキャはしゃぐ声がクリアに聞こえるイスラエルのマンションだから、もちろん僕の声もみんなに届いたはずだ。

左手で握っていたスライスチーズを握りつぶし、右手で握っていたアイフォンをおもいきり床にたたきつけた。もうなにもかもぶち殺してやりたくて、このままマトリックス3のトリニティみたく窓を突き破り、京都まで飛んでいってやろうかと助走もつけた。

さらば、初恋の男-ひと-。

月一、週一、毎日、一時間、一行ごと、二人の時間が増えるにつれて諍いの頻度が増えていき、蕁麻疹はイキイキと全身をかけめぐる。「保湿クリーム使う?」が「体かくなボケ」に聞こえるくらい、歪んだアルゴリズムに脳内がハックされていた。

僕は呪われてしまったーー。

「報われない」という思考はフラストレーションを生み、ストレスになり、やがて恨みになる。そのまま放っておくと、報復や差別の燃料となって燻りだし、暗い火がともる。イカれたレイシストやアクティヴィストたちには、みんなこの火がついている。現代の呪いだ。

このときの僕の目もある程度イカれていて、愛する彼-マイク・ポンペオ-もドナルド・トランプに見えた。もしかしたらジェフリー・エプスタインだったかもしれない。「アメリカのおっさんなんてフタを開ければみんなガサツ」。呪いで主語も態度も肥大化していた。

僕の「性なる地図-ラブマップ-」では、愛の地域が紛争地となった。

17歳の時に拾った「性なるコンパス」に導かれるまま、これまでの性活を詳細に記録・研究した、この先に見えるであろう理想郷へのみちしるべ……となるはずのラブマップ。しかし、開拓していた愛の地域は紛争地となり、とっくに燻りだしていた。

ひとたび炎上すれば、ラブマップもろとも焼失してしまう。性とか理想郷どころではなくなる。逃げなければ。僕はつとめて一旦落ち着き、マンションから飛び降りることはやめ、飛行機のチケットを買ってから、マンションごと飛び越えるかたちで、彼の元を去った。

5年間の思い出に、ラピュタ語で「バルス!」とでも言ってやりたいところだ。

ドイツで同棲をはじめ、一緒にイスラエルに引っ越し、結婚生活も同然だった二人の暮らし。それなりに寂しさが後を引く、決して後味はよくないサヨナラだった。まあでもどうせ、離婚を経験している彼にとっては、飼い犬が死んだ程度の悲しさしかないのだろうけど。

大学時代から使っていたアイフォン。

 

ドイツで垣間見た理想郷と、愛のほころび

全ては5年前、僕の人生を導く性なるコンパスが「愛」を指したから、つまりは愛するマイク・ポンペオを指したから、彼に付いて行くかっこうでドイツのベルリンに流れ着いた。就職活動も行わず、一切なりゆきにまかせて、彼の家に転がり込んだ。

当時はウェブメディア全盛期で、旅行系サイトは乱立。海外在住者がとりあえず情報発信しているだけで、まあまあ目立っていられる時代だった。僕もなんとなくウェブライターをはじめ、翻訳バイトもしたりして、しれっと「海外で働く」の雰囲気を出していた。

現地の日本人インフルエンサーとつるんだりなんかもした。スゲー意志でスゲー準備してスゲー勢いで海外進出したスゲー人たちと、彼氏についてきただけの僕。アタマの中身はぜんぜん違ったけれど。

僕がバイトと思っていたことを「案件」と呼んだり、ブログをつくることを「ローンチ」と宣言する感じで、なんだかスゲー世界観に圧倒された。人と会うことを「営業」と言ったり、飲みに行くことを「取材」と表現できることも学んだ。

「ベルリンの壁崩壊25周年」を祝う、当時のベルリン。

実際に僕の場合、そんな性なる「営業」や「取材」が功を奏してネタが生まれたわけで、そういう、都合の良いスマートな表現自体に異論はない。ゲイの聖地と言われるベルリンで、ラブマップの解像度は確かに高められたし。

そんな聖地の「アンダーグラウンド」は地上にて盛り上がり、もう完全に日の目を見ていた。

オーソドックスな、ベルリンの縁日の屋台。

ベルリンには性生活のチョイスが果てしなくあった。広く深く、見つかりづらいマニアックなものにも需要がある。フォルサムヨーロッパというBDSM*の祭典は、堂々と住宅街の公道で行われていたし。ホーニー*でバカまじめな僕のラブマップでは、忖度なしの土地開発が行われた。(*BDSMはSMの正式名称のようなもの。Bondage:拘束、Discipline:調教、Sadism:サディズム、Masochism:マゾヒズム、の略/horny:ムラムラした)

アングラに見えて、それは「アングラ」の地域における氷山の一角の、さらに先っぽの部分でしかない。つまりこれはアンダーですらなく、陽のあたる健全なグラウンド。クールジャパンとかでいう「ニンジャ」の「ニ」的な部分だ。ぜんぜん忍んでないんだから。

出張小便器と潜水夫。ふだん地上にいない彼らも、ベルリンなら会える。

奴隷犬-pup-と飼い主-master-。

野良犬は退屈そうだ。

アンダーの地域も存在した。

ベルリンには、世界最強のクラブと名高い「ベルグハイン」というクラブがある。レディーガガがはしゃいでいる写真が有名で、ドイツでは重要な文化施設とすら考えられている場所だ。そしてこの建物には、もう一つの裏娯楽施設が併設されている。

その正体は、ドイツ最大級の、ゲイ専用のセックスクラブ。中は体育館くらいの広さで、毎週のようにセックスパーティ-公式戦-が行われていた。そしてここでの試合は団体戦。愛があるプレーヤーがより良いプレーをするという点でも、もはやスポーツ施設だった。

別店のネイキッドパーティ(=セックスパーティ)のポスター。ここでは毎週木曜日開催。

命をかける領域もあった。

例えばそれは、肉体改造を伴うマゾヒズムだったり、ズーフィリアとコプロフィリアの混成だったり、poz-friendlyとよばれるフェティシズムだったり。もはや性命。命をかけて、性を追いかける。僕には「命」がはぐれていってるように視えてしまったけれど。

ベルリンは自分にとってまだ早い。

命に抵触するやりとりは、もはや性なる死合い。ベルリンにはそんなラスボス級ダンジョンがいくつかあるみたいだった。すごくいきたいけれど、自分のレベルを越えた地域でうかつに歩き回るのは危険。なぜなら一撃で逝く可能性があるからだ。

危険な地域を闊歩するには、自分のレベルなり装備なり、なんなりと準備がいった。たとえばそれは、何年も鍛え続けた直腸だったり、HIVの感染を予防するPrEPだったり。悔しかったが、これから目指すであろう理想郷候補として、ラブマップに書き留めておいた。

フィストファックイベントのポスター。拳で語り合える。

ゲイの聖地として、それまでの自分には漠然と卑猥だっただけのベルリン。その解像度-正体-が高まり、闇の地域の輪郭も、未開ながらハッキリとラブマップに記録された。

ってあれちょっと待て、愛が理由でベルリンにきたのではなかったか?

……と言われるかもしれない。

理想郷を探しながらラブマップの新境地を開拓し、マイク・ポンペオとの愛の解像度も高まった。僕たちはオープンリレーションシップ*という関係で、これはブラット・ピットとアンジェリーナ・ジョリーと同じやつと言いたいところだが、ゲイカップルとしては説明するまでもなく一般的なものだ。(*恋人以外とセックスしてよい等、定義は複数ある)

結論から言うと、愛の解像度は確かに高まったのだが、それは同時にパンドラの箱も開いてしまう。

要点だけ押さえた、彼の鋭いホットドッグ。

カルチャーショック、で済みそうにない出来事が多々あった。彼の家族や友人に出会い、彼を洞察する機会に恵まれた結果、どうやら彼には「アメリカ人だから」で説明不可能なことが起こっている、ということを学んだ。できれば僕は「ガイジンの彼氏」とか「アメリカでわぁ」とかいうことで、面白おかしくポップに処理したかったのに。

骨つきの食べ物を露骨に嫌ったり、カレーにケチャップをかけたり、ペペロンチーノを水洗いしたり。アメリカ人はふつう、日本人もだいたいそうであるように、そんなことはしない。でもそんなことしちゃう彼に「なぜそんなことするの?」ときいてしまう自分がいたのだが、これがとんだ間違いだった。

僕は問う:
この前あなたが作ったパスタに塩をかけたら「味が変わる」と不機嫌になりましたね。では、ケチャップとカレーはどうだろうか。また、ニンニクがうりのペペロンチーノを水洗いしたとき、ニンニクの風味はどうか。あなたの母国が世界に誇るKFCは、正解か不正解か?

彼には彼の正義がある:
僕は僕なりに、せいいっぱい努力しているのに。君のためを想って行動しているんだから、ぜんぶ正しいにきまっているのに。 つまり僕は、君のために”いいことをしてあげている”のに。あと、クリスマスにKFC? 日本WTF*! (*What The Fuck=なんでやねん)

いやはや正義とは?

……そうか! 彼は「正義」を信じているわけだから「正しい」にきまっているんだ! 「正しい」行いの結果、僕が傷ついたとしても、「正しい」んだから彼が悪いわけないんだ! あっちは正しいにも関わらず、こっちで勝手にエラーを起こした。これは受け取り側のミスだ! 僕の勝手な間違いなんだから、彼が間違ってるわけないんだ!

そうそう、彼におかしなことが起こっているのではなく、僕が勝手に怒っているだけ。

マイク・ポンペオの”正しい”対応にエラーを起こし続けた僕は、ずっとずっとおかしなやつだった。なぜかいつも怒っているヒステリックなエイジアン。考えてみれば当然だ。ペペロンチーノを水で洗ってまで食べようとしてくれる大感謝な正義なのに、お礼のひとことも言えずにいた。そんな残念な僕に、彼はいつもやさしい言葉をかけてくれる。

「君は間違えた。でも人は間違えるんだから仕方ないよ、さ、前を向こう」

……なん……だと……?

キ・ミ・ワ・間違えた……? おいマイクくん、さっきからずっと正しいけど、ずっとおかしいぞ。言われなくても前は向くけれど、それは君が言うことではない。そして君が前にこだわるほど、俺は後ろにこだわりだすからな。

「あれれ〜? がぅちゃん、また怒ってるぅ〜?」

あれれやあらへん、コナンくんみたいなこと言いやがって。だいたいマイクくん、君はたったひとつも真実見抜かへんし、頭脳が子供のバーローなんか?

……かくして紛争というやつは勃発する。

天然でも別によい。ただし本人にその自覚は無く、自分の常識を超えた出来事を「間違い」と言い切る天性の強力なずぶとさがあった。自分の落ち度で店員にクレームだって朝飯前のオチャノコサイサイ。Becauseディスイズ平和、自衛と平和のためには先制攻撃やむなし。

何が正義か? 僕が正義☆ 以上。マイケル・サンデルの話なんて彼は興味ないし、今までもこれからも正義の話なんてしない。そんなものは一切ときめかないから、秒でコンマリ*されているみたいだった。(*「掃除する・捨てる」という意味のアメリカの最新スラング)

イーストコーストの雪国出身のthick-skinnedな彼には「さぶい」という概念がないみたい。

天然は時に天才だ。とくに努力せず、とても努力しないと出来ないことをやってのける。ビジネスシーンにおいて彼は、とくに意識せず順応して何十年とサバイブしてきた、サラリーマンの天才らしかった。

「僕には理由-正義-があるし、要点もおさえた。正しい僕の、どこが間違いなの?」

いや、違う。大切なのは、僕は彼の同僚ではなく、ここは彼のオフィスではないということ。苦手なことは完全に外注で賄っていた天才ビジネスマンの彼だから、かねてから苦手だった共感力-精神世界における空間認識能力-は、もう完全に淘汰されていた。

Where are we? そんな質問に「僕がここにいる」とか答えてしまえる人だった。

今どこにいるのか、これからどこに行くのか、このままだとどこに逝ってしまうのか。僕がラブマップに見出した愛の地域など、彼には方角すら感じられないものだったらしい。この人……恋愛方向音痴さんだ。 地図を見ない人に、どうやって地図で伝えればいいのか。

済まぬ……ギブアップ。まさか愛の地域で、勝てない敵に遭遇してしまうとは。

 

退屈で平和なイスラエルと、愛の紛争

本当はベルリンでとっくに心が折れていたにもかかわらず、それ理解したくなかった当時のナイーブな僕。モヤモヤと同伴でイスラエルに引っ越してしまい、敵わない相手は、叶わない相手になりつつあった。

嵐の日の、テルアビブのベランダ。

ドイツでの3年間で、諍いの類型が整った。イスラエルでの生活は、事あるごとに既出の型と比較分類する作業の連続だった(巷ではこれをあら捜しという)。思いのほか平和で都会なテルアビブで、僕のコンパスは「自律神経」や「ハーム・リダクション」といった、愛と無縁の物騒な地域ばかり指し、ラブマップの治安だけが極端に悪かった。

些細なことを「カルチャーショック」でオモシロオカシク処理することは、僕にはできなかった。「クリスマスにKFCおかしい」とか「ポークチョップにアップルソース不愉快」とかは「日米の食文化の違い=カルチャーショック」で済むが、やはり何度探しても誰に聞いても「ペペロンチーノを水洗いする」はカルチャーに原因を見出せなかった。

もはや愛の地域は紛争地となり、ストレスの原因発生地域と化していた。超大国の”正義”は島国の倫理を犯し、ところどころ怪しいボヤも発生した。くすぶる煙の中、時折ぼんやりと理想郷の片鱗が見えた……と思いきやそれは蜃気楼で、後戻り出来ない、もどかしいラブマップの上で、僕は完全に遭難していた。

理想郷はどこか?それは愛か?しかしそこでは戦火が絶えず、皆が正義を主張する。報われない難民の心に、暗い火がともる。ここにいていいのか? このままでは、愛が、自我が、たどり着く前に餓死するのではないか? 一方通行で煽られたデリカシーのない三十路のバースデーを前に、僕はもう、いっぱいいっぱいだった。

そういった諸々の、報われない想いの重圧が、僕のアイフォンを割った……ファック。

思い起こせば17歳で探し始めた、性なる理想郷。道中で「愛」という方角を、性なるコンパスが示した。しかしその地域では紛争が絶えず、もうそこからは理想郷にたどり着けない気がした。今更ルートを変更して難民になるのは辛いけれど、いま去らなければ、その先の未来も無い気がした。蜃気楼でもよかったから、何かを信じてひとりで進みたかった。

Too late, man.

もう愛せないマイク・ポンペオの家を去る時、いまさら半泣きの少年みたいになっていた彼に、そう言ってやった。つい先週、母親が死んでも表情ひとつ変えなかった君だけど、僕は君のマァムと違うから、泣いても許さへん。君は君の愛する娘たちと、仲良くやっていけばいいよ。みんな君を愛しているから、悲しくなんかないよね。

でも大阪の海は、悲しい色やね。

 

居場所のない京都と、怒る難民

出世・結婚・出産などと、わかりやすく人生を前進させていた世間と、彼氏と付き合っていただけの自分。大学を卒業してからの5年間、対比で僕は順調に後退していた。僕は僕で前に進んでいるつもりだったのに、どんどんどんどんどんどんどんどん、後ろに進んでいた。

東寺の五重塔。

愛に寄り道し、見えもしない理想郷-蜃気楼-を追いすぎて、とうとう異次元に迷い込んでしまったようだ。それでもまだ、ここじゃないどこかで、いつか見えるはずの何かをアテにして、ひとり勝手に休戦しているつもりだった。

蜃気楼が見えてしまった人は、どうしたってイケないことを言いつづける。

学歴コンプレックスを成仏させるべく大学受験をやりなおしたのは間違いで、実はあのままコンプレックスに溺れてもがいていたほうが遠くに行けたのではないか。あのとき目の前にあったコレ以外を選択していたら、今よりベターで有意義なアレになれたのではないか。

Coulda Woulda Shoulda. まずは現実世界に帰国しなければ。

とにかく過去5年の選択は筋悪だったと割り切り、アジア人の僕がぜったいに受け入れられる我が国ニッポンに帰ってきた。クリスマスにKFCを食べても褒められるし、カレーもペペロンチーノもカラアゲ君もいる、安心安全でぜったいにすべらない故郷に帰ってきたのだ。

ぜったいにすべらない、日本のカーネルサンダース。

太ったね〜! もう食べないの?

海外の多くでNGとされるボディシェイミングすれすれなジャパニーズ挨拶にハッとできるくらいには、僕の脳みそはムズカシクなっていた。シラスやモズクやTKGがどんなに尊くても「やっぱ日本のごはんのほうが美味しいやろ」とドヤ顔で言われるのには抵抗があった。

だって日本には、チポトレ*もダンキン*もIHOP*もないし、デニーズ*もどこか様子がおかしい。スーパーのキノコ売り場はまるで植物園だけどハーブやスパイスは見当たらないし、豆腐コーナーは異常に盛り上がるけどチーズやベーコンはやる気がないし。(*Chipotle、Dunkin’、IHOP、Denny’sはアメリカで有名な飲食チェーン)

慣れ親しんだ海外料理を京都で求めるのは、ちょっと難しい気がした。だいたい、洋食はジャパニーズフードだし。正直、イスラエルの米国料理や日本料理のほうが、遥かに発展していた。タコスもフムスもケバブもその辺に無いなんて、日本、Can’t believe!

日本にあって海外に無いものより、海外にあって日本に無いもののほうが、多い気がした。

日本人-自国民-だけが満足できる料理を基準に「日本の食は、世界的に、秀でている」と悦に浸るのは違う気がした。「日本の食は、日本人にとって、最高」と、適切に表現し直すべきだ。そして日本人にとって最高なものが、外国でも最高とは限らない。

超絶技巧でとろとろふわふわ半熟卵のオムライス? いやいやアメリカでわぁ、グーイー*でムッシー*で、おまけに火が通ってない不良品やと思われるでぇ? あと、ナポリタン? ケチャップのパスタとかgross*、でもびっちょんこのチキンパームはkick ass☆*(*gooey:べちょべちょ、mushy:どろどろ、gross:気持ち悪い、kick ass:最高)

ぜったいにすべらない、アメリカのチキンパーム。

……ってあれ? なんかもともと、彼には色々通じないから、日本なら通じるから、通じたら報われるから、あっちで怒ってしまうから、こっちに避難したんじゃなかったっけ? 冷静になって考えた時、僕は日本でもそこそこ怒っていた。もしかしたら、僕は本当にヒステリックなエイジアンだったのかもしれない。

ないものはどこに行ったって無いけれど、おもしろいものはどこにでもある。

リゾ*やティファニー・ハディッシュ*でマイク・ポンペオとどんなに盛り上がっても、それが京都のオカンに通じることはない。逆に、ゆりやんレトリィバァや友近のおかしみを彼にどれだけ説明しても、オカンと僕がいるユーモアの世界に彼を導くことはできない。「Ah I see, クィアアイ*の、Mizu……原希子?」ちゃうちゃう、吉本興業の水谷千重子*や!

それとこれとは、違うんですよ!

(*Lizzo:アメリカの歌手/Tiffany Haddish:アメリカのコメディアン/Queer Eye:Netflixのアメリカの番組。日本編でモデルの水原希子が登場した/水谷千重子:芸人の友近が演じるオルター・エゴ)

ぜったいにすべらない、近畿地方。

うっとこ*のオカンのジューシーな唐揚げのほうが、君のマァムのぱさぱさのクッキーより美味しいことなんてお互い絶対にわかりっこないし、そんなものはわかる必要もない価値観なのだ。だってあっちからすれば、君のマァムのフライドチキンは油まみれでgross、でもうっとこのオカンのクッキーは軽くてやめられないとまらないyum☆* なんだから。(*うっとこ:関西の方言で「じぶんのところ」の意味/yum:おいしい)

いつも絶対に何かしらの文句がある。でも絶対に妥協はできない。つまり絶対に矛盾するから、おもしろい。

イギリスにもカナダにもドイツにもイスラエルにも日本にも、マイク・ポンペオの家にもオカンの家にも、文句が絶対にない理想の郷など、どこにも無かった。そんな自分にとって、存在自体がすでに”おもしろい”彼との生活空間こそが、なんだかんだ最適解な居場所だという実感が、このときやっと湧いてきた。

愛するオカンとマイク・ポンペオを想い、京都で考えてみる。

彼らと同世代の、つまり当時のおっちゃんやおばちゃんは、みんなおじいちゃんやおばあちゃんになった。僕と同世代の、つまり彼らの子供たちは、出世して実家を増築させたりした。そういう代謝は町の景観をも変化させたが、かつてアメリカから町内に乗り込んできたドミノピザだけは、まだのうのうとサバイブしていた。

サバイブするドミノピザ。

「そういえば、ドイツでもイスラエルでもアメリカでも、ドミノピザ食べたな〜」

そんな話を、マイク・ポンペオとスカイプしてしまっている自分がいた。この関係もサバイブさせていかなければ。

 

パパと彼氏と理想郷

「性の」は一旦おいといて、せーのでもう一回、やりなおしてみることにした。

愛……フォンを滅ぼしてから数ヶ月後、「ちょっと買い物いってた」の感じで、ポップにイスラエルの家に帰宅した。その一週間後、彼の一族が暮らす、クリスマスシーズンのアメリカへ向かった。僕は知らなかったが、別れる前からこの旅程は決まっていたらしい。

クリスマスを過ごした、マサチューセッツの田舎の湖。

彼には家族が多く、クリスマスには一族が集結する。シングルマザーでひとりっ子のホーニーな僕には未知の文化で、未開の部族と交流しているみたいだった。彼には娘が二人いて、それぞれに赤ちゃんがいる。彼氏の孫が、僕の名前を無邪気に何回も呼ぶ。

がぅちゃんがぅちゃん、i love you〜。

カ……ゾ……ク……? 未開の部族が送ってくる信号に僕の脳は一瞬バグったが、すぐに「家族」という集団の解析はスタートした。アメリカ、クリスマス、マライアキャリー、サンタ、ジーザス、教会、愛……。

ふとラブマップを見てみると、そこには「家族」という聖なる地域が自動更新されていた。Jesus Christ!* 最初は正直とっつきにくかったけれど、「聖行為で命が宿るなら、家族に性や愛が無縁とはいいきれんわな」とも思ったので、納得した。(*Jesus Christ:本来イエス・キリストを意味するが、驚きを表現するアメリカのスラングでもある)

クリスマスイブの礼拝。

理想郷をコンパスで探し、道中で記録したものを地図に残す。自分はコンパスの属性が「性なる」だったので、要するに性欲を満たすべく流浪していたわけだが、地図に記された大陸や言語は、性に関するものだけではなかった。

そしてそういう冒険は、そもそも居場所が確保されているからできた。宿がないと旅しにくいのと同じだ。

日本に行けばオカンがいるし、日本を離れてもマイク・ポンペオがいる。彼の父も母も弟も妹も姪も娘も孫も、みんな僕の名前を呼んでくれた。意味こそ違えど、愛し愛される仲間は、今も昔もずっといた。ひとりっ子なのに、ぜんぜん独りじゃなかった。

ぼくはホーニーなバガボンド、なのか?

宮本武蔵みたいに孤独決め込んだカッコイイ流浪者のつもりだったけれど、僕はいたって恵まれた、愉快な探検隊の一員にすぎなかった。まあでも、ずっとずっと会いたかった佐々木くんを見つけた時は、違う刀で迷わず刺すけれど。

理想郷とは、けっこう複雑ゆえにワガママな居場所である。

そこは、性も愛も絆も闇もある、豊かで強(したた)かな空間だ。そしてそれは、現在の居場所をベースに増築されていく。仲間の存在を悟ったのなら、破綻させずに、チームプレーで発展させていかなければならない。協力プレーのほうが、たいてい強力なのだから。

あたりまえかもしれないけれど、ワガママするためにはパワーがいるのだ。

愛するマイク・ポンペオのオリガミ。

マイク・ポンペオと彼の娘たちが3人そろうと、トトロにのっかるサツキとメイ……くらいの安定感があった。そこに、パズー*くらい場違いなガイジンの僕が降ってきたわけだが、賢く強い彼女たちは「君をのせると徒歩になるけどラピュタも行こう」と言ってくれる。(*スタジオジブリ作品「天空の城ラピュタ」の主人公。ラピュタを空路で目指している)

愛するマイク・ポンペオのおかげで仲間も増え、大家族の地域への冒険も可能になった。セックスフレンドを探して旅立ったはずなのに、今ではおじいちゃんが手に入ったし、孫に惜しみなく注ぐ愛も、本物のやつをナマで見られる。

友だちたくさんうれしいな……とでも、言いたいところだ。

祖父であり、父であり、長男であり、恋人であり、僕の愛する、マイク・ポンペオ。シングルマザーのひとりっ子でグランパもいなかった僕は、30年目のクリスマス、そういえばずっとずっと欲しかったものを、ぜんぶ手に入れた気がした。

コンパスも地図もかばんにつめこんで、どんどんどんどんどんどんどんどん、行こうではないか。

 

 

編集:ネルソン水嶋

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この記事を書いた人

がぅちゃん

がぅちゃん

イスラエル・テルアビブ在住のネイティブ京都人。京都市立芸術大学卒業後、米国人の同性パートナーとベルリンに移住し、ライターとして活動を開始。旅メディア・世界新聞の編集長を経て現在に至る。日本、イギリス、カナダ、ドイツでの生活経験がある。ブログツイッターユーチューブ

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