偏見を抱く前に知ってほしいベトナム人技能実習生問題のこと

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日本で”自殺”するベトナム人の若者たち

「知ってますか? 『行く前はピンク、行ったあとはブラック』。実習生の中で日本に対して言われるイメージです」。チー(Trí)さんがそう言うと、その場に居合わせたベトナム人留学生の青年は頷いた。

ベトナム人の尼僧のティック・タム・チー(Thích Tâm Trí)さん

都内にある浄土宗寺院『日新窟』、ここには日本に暮らすベトナム人仏教徒が絶えず訪れる。目的は、家族や友人の供養のため。半世紀以上に渡ってご住職の吉水大智さんがベトナム仏教界と深い関係を築き、大使館を通じて「日本で亡くなったベトナム人仏教徒の供養をしてほしい」という依頼を受けてきた。

そして2011年3月11日、東日本大震災の発生から間もなく、84名のベトナム人被災者を受け入れ。そこで日新窟の存在が在日ベトナム人の間で瞬く間に広まり、過去「檀家ではない」「様式が異なる」という事情から、日本で家族を亡くしながら供養できなかったひとびとの心と魂の拠りどころとなったのだ。

取材中に訪れた、ベトナム人女性の供養願いに応えるチーさん。

突然の訪問でも都合がつけばお金も取らず供養を行い、必要とあれば地方へも赴く。しかし、近年になってその数が急増。10人、20人、とくに2018年は30人超に。数だけではなくその内容にも異変が見られた。死因の中に、それまで見なかった「自殺」が目立ったのだ。チーさんは言う。「ベトナム人は、事故や病気、ときには殺し合いで死ぬこともあります。でも、彼らに、自殺という”文化”はないんです」ー。

日本で暮らすベトナム人にいったい、何が起こっているのか。

 

本編の前に…取材の動機について

この記事は、「ベトナム人技能実習生(以下、実習生)にまつわる諸問題」について取材したものです。

以前から報道で語られる問題には、「多額の借金を背負って来日するベトナム人実習生」、「過酷とも言われる彼らの労働環境」、「姿を消して不法滞在者が増える状況」、「万引きなどを中心とした犯罪行為」、「ベトナム人同士の騙し騙され」、といったものがあります。もちろんこれだけではありません。ただ、それらは以前から私が伝え聞いたものだったり、あるいはメディアのフィルタを通したものです。

ベトナムは私にとって、2011年から2018年にかけて暮らした思い入れのある国です(個人的な話ですがもし知りたい方がいればあとでこちらをご覧ください)。そこで実習生問題がセンセーショナルに報道され、それまで関心のなかった人たちが、直接関わることなく、「ベトナム人って不法滞在が多いんでしょ」と貶したり「日本で虐げられて可哀想」と憐れんだりすることに、強烈な違和感を抱いていました。しかし、なによりもの違和感が、私自身も大して知らなかったということです。そんな自分が誰かに何かを言えるんだろうか? それも大して変わらないことなのでは? なら確かめよう、それが取材の動機です。

強く念を押したいのですが、多くの現場で実習生と雇用側は良好な関係を築いており、また私自身にもベトナムに帰国後活躍している元実習生の友人がいます(個人の経験の中には良いことも悪いこともあるとは思いますが)。したがってこの記事は、制度自体を否定したり、特定の個人や組織を糾弾するものでは決してありません。では「誰」に「何」を伝えるかというと……「大多数の日本人」に「自分の目で判断してほしい」という、言ってみれば当たり前のことかもしれません。でもそれが今、改めて、重要です。

なお、実習生制度に関わる方でも、取材を断られたり、危険だと判断したために、話を聞けなかった立場の方もいます。むしろ、ここで取り上げた方は取り巻く環境の極々一部です。その点はご留意ください。

 

日本に”働くベトナム人”が増えた背景とその現状

まず、ご存知の話もあるでしょうが、背景の説明から改めて。

労働力不足対策と出稼ぎをマッチングする「外国人技能実習生制度」

1993年に日本で導入された、外国人技能実習生制度。団体監理型と企業単独型に別れるが、ここでは95%近くを占める前者を前提とする(出典)。2017年末時点で、中国、フィリピン、インドネシア、タイなどからやってきた274,233人(出典)の外国人実習生が日本で働く。「日本の技術または知識の開発途上地域などへの移転」を理念に謳うが、事実上「日本の労働力解消」と「新興国からの出稼ぎ」の受け皿に。

その40%という最大の割合を占める国が、ベトナム。実習生が就ける職種はいわゆる3K(キツイ、汚い、危険)が多いものの、母国の水準に比べても5倍近い収入が得られる。そこで多くのベトナム人の若者が、日本で大金を稼いで帰って家族とゆとりある暮らしを送るといった「ジャパニーズドリーム」を夢見て、多額の借金を背負ってでもやってくる。職種は国際研修協力機構(JITCO)のHPから確認できる。

ベトナム側の「送り出し機関」と日本側の「協同組合」とは

実習生を日本の企業へ仲介する団体が、「送り出し機関」と「協同組合」(監理団体とも呼ばれる)。前者はベトナム側(送り出す国)にある企業で、実習生として日本で働くことを希望する人に対し、日本語や生活習慣などの教育を一定期間行う。これは最低3ヶ月、選抜されなければ1年かかることもある。後者の、協同組合は日本側にある非営利団体であり、実習生受け入れを希望する企業との仲介に立ち、そこで働く実習生のケア(監理)も行う。送り出し機関と協同組合の付き合いは固定的であることが多い。

なお先述の、実習生が背負う借金とは、おもにこの送り出し機関に支払う手数料。ベトナム政府により上限を3600ドルと定められているが、教材費、寮費、ユニフォーム、さらにはブローカー(仲介者)への手数料などがかかり、ときには10000ドルにふくらむことも。この費用がふくらむ背景には、送り出し機関から、日本から視察に訪れた協同組合への接待費、交通費、滞在費、などに掛かる経費のシワ寄せがいっているからだという報道もある。そもそも今、ブローカーは日越政府間の覚書により認められていない。

2年頃前から増えはじめた実習生問題の報道とその印象

この「実習生」「送り出し機関」「協同組合」、そして「受け入れ先企業」で、さまざまな問題があると日本で報道されるようになったのが2年頃前という印象。前述の通り、送り出し機関が実習生に課す「借金・担保」による「立場の弱さ」、それを背景とした受け入れ先での「過酷な労働環境とハラスメント」「残業代の未払いや必要以上の給与天引き」、協同組合の「ケア不足や問題の握りつぶし」、結果生じる「脱走」、からの「不法滞在」に「犯罪行為」、あるいは「自殺」……。ただ、これは一部の報道をまとめているだけであり、後述するが、実態はここで書かれてある以上に複雑だと頭の片隅に置いてほしい。

上記は、ある弁論大会において、ベトナム人留学生のダン・ヴェト・タンさんによるスピーチ。実際に見ていただきたいが、テーマの「ベトナム人を嫌わないで」から、彼がどのような思いで話しているかは推して知るべしだろう。日本に暮らすベトナム人といっても状況はさまざまだ。実習生のほか、留学生でも、優秀な成績から奨学金を得た大学生、専門学生、日本語学校生。転職者、その家族、かつて難民として渡った人、仕事として昔から……。しかし、ベトナム人なら全員が少なからず気を揉む話題のはず。

また、今挙げた、「留学生」にも類似する問題は起こっている。多くの場合、大学ではなく、実習生と同じく借金を背負って来ることのある日本語学校。アルバイトに充てられる学業を除く目的外活動は週28時間以内と定められるが、学費を稼ぐ必要もあり守られている場合が珍しいという。まず目的が勉学ではなく出稼ぎであることもあり、むしろ「実習生と比べるとより稼げるし仕事を選ぶ自由もある」という理由で留学を選択する人もいる(単純比較はできないが)。そこでも、行方不明者が増えているというのだ。

そうして、2018年1月時点での不法滞在者は全体で66,498人に。ベトナムは、韓国、中国、タイに次いで6,760人。全体の中では4番目だが(それでも少なくはないが)、前年比は31.6%で、それが次点の中国ですら6.1%だと聞けば、その急増ぶりを分かってもらえるだろう出典)。今も同じペースで増えているのなら、2019年1月には9,000人に膨らんでいることになり、中国と逆転する日も近い。というより、もはやすでにそうなっているのかもしれない。

 

取材のメモをあえて”そのまま”公開

さて、以上の状況を踏まえた上で、ベトナム人と日本人をふくめてさまざまな方に取材を行った。

冒頭で登場した日新窟の尼僧であるチーさん、外国人向けに不動産仲介を営む会社で働く大崎さん(仮名)と、その取引先である細田さん、春からベトナム語通訳として警察で働く人、協同組合で働いていたことのあるベトナム人の友人、日本語学校で働いているベトナム人の友人。名前を伏せている方もいるが、問題の性質からもその点はご理解いただきたい。

この話をどのような形で公開するのか、正直なところ非常に悩んだ。聞き取った内容は実際のところ、酷で、生々しいものを含むし、センセーショナルな内容を書きたてるには格好の題材だ。それに、どこまで客観性を保ったつもりでも偏りは生まれてしまう。であればせめてと、「取材メモをほぼそのままの状態で公開する」という手段をとることにした

本来は記事の素材のような状態である。読みやすさという点ではかなり不親切な構成になってしまっているかと思うが、その形がそのままこの問題のややこしさを伝えるには最適だと考えた。この件についてメディアを通してでしか情報を得られなかった人にとっては、「そうだったのか」と驚くような話もあるのではないかと思う。かなり長いが、願わくばすべてのメモに目を通して、それぞれの立場でこの問題について考えていただければ幸いだ。そのあとで、私自身が考えるこの問題の背景(要因)を述べてある。

 

取材メモ:日本で亡くなったベトナム人を供養する方

まずは冒頭でも紹介した日新窟のチーさん。そのほか、お寺の方にもお話を聞かせていただいた。

供養する方の情報が記載された書類

・住職が半世紀に渡ってベトナムと付き合いがある
・当時から交流のあった方々が大成、現在はベトナム仏教界の上層部。
・以前から、大使館経由で日本に住むベトナム人の供養を行っていた。
・震災時に84名のベトナム人被災者を一ヶ月ほどお寺で受け入れ、一気に認知が広まった。
・日本で亡くなってもお寺の対応は檀家に限り、ベトナム仏教は形式も異なり、葬式が挙げられない人が大勢いた。
・3年くらい前から供養の依頼が急増、今は逆に供養のあとに大使館へ伝える立場に。
・年間100人ほどを供養してきた。以前は毎年10~20人、2018年は一ヶ月に3~5人の頻度。12月に4件、1月に3件。
・急に増えた死因が「自殺」。ベトナムに自殺という「文化」はない。事故、事件、病死、殺し合いに限る。異常事態。
・在日ベトナム人は30万といわれ、18万が実習生、8万が留学生、ほかは難民関連と言われる。つまり、若い人が多い。
・これまで全国各地を回って供養してきたが、今は各地域のベトナム人のお坊さんと協力して行う流れに。すべてボランティア。
・途中で実習生と思われる女性の来訪、赤ん坊の供養。→中絶?
・実習生は親が世話を焼いていた人が多い、外国で突然男女共同生活からの、妊娠。男性は逃げ、女性は留まるため中絶するというケースも。
・ちょうどNHK北海道から取材がきていた。
・Triさん、毎年2月にハノイへ行く。今回は亡くなった実習生の遺族にも会う。その際、朝日新聞、毎日新聞、NHKも同行。
・制度の裏で日々人が死んでいることを発信していかないとと考えている、それ以上のことは国が動くしかない。
・実態を世間に伝えれば、全国各地の雇用主もひどいことはできないだろう。だから取材も受けるようにしている。
・聞いた話では、日当一万円で働けるまた新たな闇ビジネスが生まれている。
・Triさん、なぜ日本人は欧米人を上に見てアジア人を下に見るのだろうか。
・日本人ははい/いいえをハッキリしない、それをベトナム人は理解しない。
・ベトナム人は真似が上手い、身振り手振りで説明してやればすぐ覚えるのに。
・2,3回失敗したら「ベトナム帰れ」と責める。翌日行くと追い返され、管理者は上司に対して「仕事に来ない」と嘘の報告した実例も。
・Triさんが考える自殺の原因とは
1.日本語が分からないが指示に対して分かったと言って、失敗する。さらに相談できる相手もいない。
2.自身の健康を過信、まだ若いから大丈夫、なんでもやる、と言い、健康管理ができずに弱っていく。
3.遅くまで残業すると買い物へ行く時間もなく、結果として古いものを食べて弱っていく。
4.節約するためおいしいものを食べず、むしろ古いものを食べて弱っていく。
5.借金を背負ってやって来るので後がない。田舎では田んぼなどを担保に入れてやってきている。
6.親思い、家族に仕送りをするので金欠気味。
・かつて難民として来た人たちは安定した生活を送っており、触れたくないのが実情。ベトナム人のセーフティネットは弱い。
・Triさんの活動を嫌う人もいる。実習生が亡くなったら会社が葬式を開くのになぜやるのかと。しかし、それも会社次第。
・なにより願っているものは「命」。みんなが楽しく安全で等しく恩恵を受けられるよう、念願している。
・ベトナムには「半分仕事半分遊び」ということわざがある、そうすればすべてよく回るという意味。
・ルールも大切だが、愛情が最優先だ。どのみち誰も最後は死ぬ。

取材メモ:ベトナム人をふくむ外国人向け不動産仲介企業の方

ベトナム人もふくむ外国人向けに不動産仲介を営む会社で働く大崎さん(仮名)。また、その取引先として現場に接していた細田さんから話を聞いた。お二人は、受け入れ先企業や日本語学校からの依頼を受けて、実習生や留学生と、不動産物件(オーナー)を仲介している。つまり入居先物件の管理者としてベトナム人の若者たちと接する機会が多く、周辺事情に明るい。

実習生や留学生と接することも多い大崎さん(仮名)

・ほとんどの受け入れ先企業はちゃんとやっている、月イチの面談を行っているところもある。
・最近ではむしろ企業の環境が改善され、逆に実習生側の水増し請求が増えているとも聞く。
・受け入れ先企業側が部屋を用意、一部屋に2~3人住まわせる場合がほとんど。
・ほとんどの留学生はまじめに暮らしているが、日本の賃貸住宅のルールがしっかり伝わっていないためにトラブルになってしまうケースがある。
・ベトナム人留学生の現状は10数年前の中国人と似ている。
・ベトナム人入居者の問題は「タコ部屋化」と「ゴミの放置」(夏場は虫が大量発生)、受け入れる大家がいなくなる。
・家賃を滞納している状態で逃げる人がいるのも事実。
・実習生の生活苦は、送り出し機関の協同組合に対する接待費で、彼らに回すべき資金がなくなることも影響するのでは。
・受け入れ先企業の違反は多い、指定以外の仕事をさせたらNG。たとえばビル清掃はOKでも共用部の清掃はNGなど。
・あくまで「実習生」だからなのだが、実態は「労働者」であり、ルールが厳格すぎる(現実に即していない)傾向がある。
・現場のベトナム人実習生が増えるとベトナム人同士で教え合うため、実習にならない。
・日本人がやらなくなった仕事(実習生にやらせる仕事)は中小企業がやるため、人事の体制が充実しない場合が多い。ケア不足の原因。
・家政婦の広告で「外国人だから気にすること(気を遣う必要)はない」という内容があり、問題になった実例がある。
・看護師を育成するために5ヵ年に渡って取り組んでいる病院など、真っ当な形で「実習」を行っているところもある。
・留学生は、アルバイト、借金、家賃、こうした支出で生活が破綻することが多い。自腹で米を買ってあげたことも。
・新宿のワンルームに40人住んでいたケースがほかであったらしい、シフト制で住んでいた。
・タコ部屋は一人ずつドロップアウトしていって、最後の一人は責任が持てないから逃げるというパターン。
・ネパール人も以前はベトナム人と同様の問題があったが、家長の考えに基づいてエリアごとに世話役が生まれてまとまった。
・日本語学校は年間の退学/除籍者が10人を超えると入国管理局から審査を厳格化される。
・そこで中国人留学生は逃げないため歓迎されることが多い。
・ある学校では入管から定員超過を指摘され、100人以上のベトナム人を強制退学させ、集団訴訟を起こされた。
・入学に際してエージェントに支払う紹介料は、ベトナム人の入学は10万円、中国人の入学は20万円という話を聞いた。
・それもあり、ベトナム人留学生を入れたがるところは、当座の資金を稼ぎたい経営難と見られることがある。
・長く経営している、とくに震災を乗り越えた学校は生徒や不動産業者などへの対応もシッカリしている印象。
・経営状態の良い学校は多国籍の学生を入れることでリスク分散を図る、ひとつの国だと入管の方針に左右される。
・ベトナム人の入国審査の通過率も、2~3年前は90%だったが、昨年4月は56%まで下がった。それだけトラブルが増えたということ。
・結局は、モラルの低い留学生がモラルの低い日本語学校へ行った末に脱走する。
・学力が低くてもお金さえ払えば入れる学校もある、しかしケアも悪く中には自殺者も出ている。
・1989年に中国が日本への留学を公に認めて留学生が急増、それに伴って留学エージェントが生まれた。
・フィーが高いと問題化→制限。そして彼らが次に目を付けた国がベトナム。次はスリランカやミャンマーが問題化していくのでは。焼畑農業的動き。
・ベトナム人がベトナム人を騙すケースもある。
・自分の住居を勝手に勧めて仲介料を取って逃げる人も。純粋な親切心でやっているのかも。問題行為だと気づいていない。
・うちのベトナム人社員が言うには、「覚悟がないから、甘言に騙され、闇に落ちる」とのこと。
・最初から犯罪しようとして来る人はいない、借金を背負ってまでそんなリスクは背負わない。追い詰められてそうなっている。
・学業以外の目的外活動が許可されている週上限28時間は形骸化、以前区の役員が聞いて引いていた。行政は実態が分かっていない。
・学生もそれがバレると卒業後日本で就労できなくなる、しかし真っ当にそのとおりやっても暮らしていけないということもまた事実。

取材メモ:ベトナム人向け事業のリサーチとして実習生の実態について調べた方

つづいては、10年ほど前からベトナムでの企業との取引でしばしば出張に行かれている方。今新たにベトナム人向けの事業を準備しており、その関係で実習生の現状について調査したとのこと。そこでのお話を聞かせていただいた。

・ベトナムの日本語学校を視察したとき、「日本へ行くために80万円必要だから溜めている」という女の子がいた。
・自分と教師が「それは騙されてるよ」と言っても「兄が行っているから本当だ」と信じて疑わない。家族が絡むとまず信じ込む。
・送り出し機関の視察に行くと、部屋が散らかっていて、ゴミの処理を教えられていなかった。
・それを学校側に指摘したところ「そういう意見を言ってくれる人がいないのでありがたい」と話す。教える側が一定の水準に達していない。
・企業側も、実習希望者に対して、本社は東京だと言っても、実際の現場は濁す場合もある。嘘は言っていない。
・鹿児島に留学中の学生が、新宿の日本語学校に「入学したい」という問い合わせがあったケースも。彼らもまた距離感すら分かっていない。
・根本の問題は、実習生や留学生として来るベトナム人の若者の「無知」にあると考えている。知っていれば防げることは多い。
・協同組合は500~600といわれるが、2/3が休眠状態にある。理由はひとつの組合が複数の名義を持っているから。ペナルティを受けたらほかを使う。
・協同組合からの「青田買い」もある。まだ修了前の人を選べるということは、審査を操作できるということ。
・こうなると、受け入れ先企業からもいい迷惑で、そもそもマッチングという前提が成立していない。
・受け入れ先企業の職場には親方商売的なやり方も多く、ただでさえ仕事の出来ない人にはアタリが激しい。
・制度的には、自由意志に基づく「帰国」を認めることが解決策だと個人的に考えている。そうでなければ彼らの選択肢は脱走か自殺しかない。

取材メモ:春から警察官として働く方

春から警察官として働く方。大学でベトナム語を学び、語学を活かせる仕事を探していたところ警察という職場に行き着いた。背景には、増加するベトナム人犯罪と、それに伴う通訳者の需要がある。

・ベトナム語通訳は国家試験が免除された、それほど需要が高まっている。
・就職できたことはうれしいが、事情そのものに対しては素直には喜べない。
・ベトナム人の良い面ばかりではなく、ふだん聞けないような犯罪まわりの話を聞くことは勉強になるのではないかと思う。
・ベトナム人による犯罪は、暴力沙汰といった危険なことは少ないと聞いている。軽犯罪がメイン、不法滞在や万引きなど。
・食べ物を万引きして半値で売っている、といった話も聞く。彼らは助けているつもりで、悪いという意識はそれほど強くない。
・ベトナム語通訳者は休みがないらしい

取材メモ:協同組合で働いていたベトナム人の友人

かつて協同組合で働き、ベトナム人実習生のフォローをしていたベトナム人の友人。現在は転職し、通訳としてではない仕事で日本のIT企業に勤めている。

・協同組合(勤務先)の社長は、取引先の送り出し機関によって、そこが送る実習生に対する対応も露骨に違った。
・受け入れ先企業にははじめてベトナム人実習生を雇うところもあり、「自転車を買ってあげた方がいいのか」と聞かれたら「中古でいい」、「部屋を個別に用意した方がいいのか」と聞かれたら「全員同じでいい」など。
・文化や習慣が異なるので一概には言えないが、「日本人と同じ扱いは不要」というスタンス。そもそも同じ人間として扱っていない節が見られた。
・それに堪えられないこともあり自分は転職したが、今も同じ業務に就いているベトナム人の友人は淡々と仕事している。
・ただ、実際にこれまで、こちらが丁寧に対応しても脱走するなど、実習生に裏切られてきたという経緯も確かにある。
・脱走した人のために偽造の在留カードをつくるところもあると聞いた。
・実習生の中には小3までしか教育を受けていない子もいた、関係者が書類を偽造したのだと思う。
・ある送り出し機関の明細を見たとき、実習生候補に請求する費用が異様に高いと感じた。
・プリンターでコピーしただけの教材が6000円、安物のTシャツとズボンで8000円。ベトナムの相場を考えると暴利。
・送り出し機関の中には保証金や家の権利書を預かるケースも。違反行為のはずだが、逃走防止策として常態化している。
・実習生から暴力を受けたと報告があったが、共同組合が受け入れ先企業に事情を聞いた結果、「何もなかった」という結論に至ったことがあった。
・本人は職場にいられなくなり、帰国。しかし、企業に事情を聞いたところで解決しないし、実習生本人を追い詰めるだけなのでは。
・したがって実習生には相談相手がいない、頼りになるのはFacebook上にある同郷グループといった「第三のコミュニティ」など。
・しかし、そこには仕送り代行を謳った詐欺や違法就労の勧誘も横行している。
・個人的には、ベトナム人がベトナム人を騙すということが信じられない。
・自分が送り出し機関でひどい目に遭ったのにそこに就職して同じことを他人にしている人もいる。
・ベトナム人として助ける助けない以前に、知識不足やモラルなどの面で人として行動が理解できないところもある。
・実習生のみならず留学生でも問題は聞く。
・バイトの出稼ぎ目的のため、学校は寝る場所と割り切っているし、学校もそれを咎めない。
・そのため、最初から「出稼ぎ目的」のベトナム含む諸国と「勉学目的」の欧米諸国でクラスを分けているところもある。
・それでもなぜ入学させるのか?学校も結局ビジネスだから、学費が入れば構わない。

取材メモ:日本国内にある日本語学校に勤める職員の方

日本語学校に勤める、ベトナム人の職員の方。ベトナム人留学生の相談に乗ることも多い。

・留学生の入国審査は学校が入管に申請する、その基準には出身地域も関係している。
・貧困地域として知られる出身者は、逃走を疑われるため審査で落とされやすい。
・都市部出身は余裕もあり問題も起こさない傾向があるが、今は日本を選ばない。
・ホーチミンは欧米文化が強いため、留学先もそちらを選びがち。日本でも沖縄を選ぶ。
・どちらかといえばハノイ出身者が日本を選択している傾向がある。しかし今、都市部出身者は少ない。
・学生の90%は、目的外活動の上限である週28時間を超えてアルバイトをしている。
・分かればもちろん指導はしているが、実情としてそうでなければ学費が払えない人がいる。
・ほかの日本語学校でも同じ認識だと思う。
・しかし、彼らは貧困という声もあるが、あながち全員がお金がない訳でもない。
・まだ子どものため、ベトナムの5倍も稼げることに喜び、自分の生活が豊かになってもそれ以上働いてしまう。
・仕送りしている学生は70%、ほかの30%は自分のために使っている。中には月30万円稼ぐ子もいる。
・それだけ働いているとやはり授業中に寝ることも。そのときは起こすし、それでも寝る場合は怒って帰らせる。
・学校も年間の退学/除籍者が3%以下の優良校なら入管の書類審査もスキップされる。
・そのため、スタッフレベルで生徒からお金をもらって出席代行して出席率を偽装する学校もあると聞いた。
・逃げようとしている生徒がいると、間接的に耳に入ることがある。
・本来はよくないが、明らかである場合は同じベトナム人としてパスポートを預かる。
・しかし、そうしたところで、パスポートを放置しても逃げる人間は逃げる。
・逃げる背景には、希望していた進学先に落ちたり、好きな専門学校に入れなかったり、などなど。まずメンタルが弱い。
・そのほか、悪い友達に誘われて、「良い給料がもらえるよ」「学校なんて意味がないよ」とそそのかされて逃げるケースも。
・学校より友達、さらに同郷出身者を信じてしまう傾向がある。
・Facebookで情報交換用のグループが多々あり、そこで逃走や違法就労に誘われることもあると聞く。
・逆に、ハノイの人はホーチミンの人を信じるケースは滅多にない。逆も然り。
・ベトナムにいた頃と日本に来た頃でかなり性格が変わってしまう学生もいる。
・中国人留学生には中年の年代の人もいる。
・一概には言えないが、健康保険料、つまり日本において格安で治療をすることを目的に来ている人もいると聞く。

 

取材メモはこれで以上となる。

 

ここからはベトナム在住経験を踏まえた”私見”です

いかがでしたでしょうか。

現場からの生の声ということや、また立場の違う方から同じ話が出ることもあり、全体から浮かび上がることもあったかと思います。ひとつ、確かに言えるのは、『この問題には「特定の犯人」がおらず、それぞれの目的が複雑に絡み合っている』ということです(悪用している人物がいることは否定しません)。

「逃走するベトナム人が悪い」とか、「劣悪な労働環境を強いる日本人が悪い」とか、そんな二元論じゃない。放送時間やスペースなどの都合もあって、短く切り取られた報道を見ているとそういった印象を受けることもありますが、取材メモを読んでいただければ、具体的な犯人を挙げて「この人や組織が原因だ」と言える話ではないのです。だからといって「制度が悪い」「日本の社会が悪い」と言い出したらそれはほとんど思考停止だと私は考えています(それで政治家を目指したりするならともかくとして)。

ここからは、取材で分かったことと、私のベトナムでの体験を踏まえつつ、「私見」を述べていきたいと思います。繰り返しますが、私の立場から書いているので、参考程度に留めることをオススメします。

最大の要因は「ベトナム人実習生の素朴さ」

問題の根っこはここにあると思います、実習生は「素朴」。

ベトナム人実習生、日本語学校へ通う留学生もそうですが、多くは「地方に暮らしていた最終学歴が高校卒業までの若者たち」です。ベトナムは日本ほどインフラ整備が全国各地にまで行き届いている訳でもなく、田舎はトコトン田舎。その結果、良くも悪くもスれておらず「素朴で無垢」な人が多い。そんな彼らが出稼ぎにやってくる状況はまるで「昭和の集団就職」に通じるものなのかもしれません(記録映像や映像作品などを通してでしか知りませんが)。ただ、それと大きく異なる点は、彼らの行き先は国内ではなく右も左も分からない外国(日本)であり、そこへさらに借金を背負ってやってくるということです。ただ、あえて二度言いますが、これはベトナム人実習生や一部の留学生についてのことです。言うまでもなく、日本人がそうであるように、ベトナム人もいろいろだということを念頭に置いてください。

その過酷さを念頭に置いた上で、彼らの素朴さがどのように具体的な問題につながるのでしょうか。

都合良く日本に期待しすぎる(憧れが強すぎる)

素朴さがベトナムの良いところだという人もいますし、私もそう思います。しかし、それゆえにブローカーなどの甘言に煽られ、「日本=華々しい先進国」というイメージを強く抱き、またときには親や家族から本人以上の期待を背負う。だからといって、メモの中で「鹿児島の日本語学校生が新宿との距離感を分かっていなかった」とあった通り、興味があるにも関わらず調べ(られ)ない人もいるということです。

同郷の出身者を信じすぎる

現代の日本人に比べ、ベトナム人は家族や同郷出身者を大事にする傾向があります。中国の春節にあたるテトに里帰りし、家から職場に帰らず辞めるということもよく聞く話です。良くも悪くもそれもまた魅力のひとつですが、その郷愁によって騙されることも多いと聞きます。私のベトナム人の友人は都会出身、かつ日本に住んで4年経ちますが、それでも「ベトナム人がベトナム人を騙すなんて信じられない」と言うのですから、母国を離れ慣れない異国で心細い思いをしている若者であれば、なおのこと簡単に。ちょろいもんです。そして中には、騙されて損した分を騙す側に回って取り返そうという人もいるそうです

異性に慣れない中での共同生活からの、妊娠、そして中絶。

母国では地元での実家暮らし。良くも悪くも親の目が届く生活から、外国に行って男女共同の生活になり、仕事以外の娯楽もない環境となったら、そうした行為に及ぶこともある訳で。実習生期間、日本にいる間は責任が取れる立場でもないため、男性は逃げ出して不法滞在者となり、残された女性は強制帰国を避けるために人知れず中絶する(人知れずではない可能性もあります)。そんなケースを聞いています。

以上3点はいずれも、事前に情報を集めたり、想像力を働かせば避けられることかもしれません。極論、彼らが最初から、食い物にされることなく、そして闇に落ちることもなければ大半の不幸は未然に防げるでしょう。ただ、そんな分別や行動もまた、学校や周りの大人から教えられない以上は知り得えません。そもそも、農村だったりと地方に住む大人が知っているかも分かりません。

だからこんな長文の記事を書いたところで、ましてや日本語で書いたところで、書いているような当事者たちの耳に届くことはまずないとは思います。ただ、今読まれている方がそうだと知らなかったのであれば、彼らは悪人ではないどころか、むしろ素朴さがそうさせているのだということを覚えておいてほしいです。偏見を持たない、それだけです。

しかし、だからといって、逃げる理由が「悪い人間に騙されたから」だけという訳でもないのです。

ベトナム人実習生が逃げる背景には「ルール」より「目的」重視

実習生の目的の多くは「出稼ぎ」です。技能「実習」生制度という言葉とは一致しませんが、国際貢献と言う人はもはやポジショントークと言ってもいいでしょう。もちろん全員全社洩れなく意識がそうだとは思いませんが(とくに企業単独型はまったく性質が違うでしょうし)、技能を得るためだけに借金を背負って知らない国へ来る人はほとんどいないのではないでしょうか。だから、実習生としての給料が低く、ほかへ行った方が稼げそうだと感じたら、3年という契約期間を待たずして職場から逃げ出してしまう。

もちろんすぐに不法滞在です。これには2つの理由があると考えます。ひとつめは、家族愛。親や、配偶者や子どもなど、家族の命運を背負ってやって来た、家族のために少しでも多く稼いで帰ることが彼らの至上命題。日本人には信じられない人が多いと思いますが、捕まってまた再び日本に戻って来れなくとも、その方が目的を達成できると考えて行動している。ある意味では、合理的に割り切った選択を取っているのです。ただ、ルールに対する考え方が日本人と違うというだけで。もちろん、個人差があることは言うまでもありません。ルールを破る日本人がいれば、ルールを遵守するベトナム人もいます。ただ、その国民の標準的な感覚は違うと私は思っています。良いとか悪いとかではなく。考え方が違うのです。

ふたつめは、そもそも働き方に対する価値観が日本人とはかなり離れているということ。ベトナムにある日系企業の間では、「ベトナム人はキャリアアップ志向ですぐに転職する」とよく言われます。それに「あれだけ信用していたのに裏切られた」と怒る日本人も中にはいるのですが、そもそも日本は終身雇用制度が長く根付いており、安定志向が根強いと思います(悲しいかな、最近はその制度が先に崩れつつありますが)。その一方、歴史的にもたびたび戦禍に巻き込まれ、会社が生活(人生)を保証してくれる環境にいなかったベトナム人は、「明日をどう生きるか」という危機意識が根強い。と私は考えています。まだ、まだ、実習生にとって、祖父母の世代は当たり前のように戦争体験者なのです。

以前、自分の仕事の計画をベトナム人の友人に話したところ、その計画性を指して「さすが日本人だね、ベトナム人はそこまで先のこと考えないよ」と言われたことがありました。国費によってサポートを受けて留学するような優秀な人物だっただけにその発言には驚いたのですが、きっと日本人の計画性は「安定を前提として教育されてきたもの」なのだと思います。「逃走して不法滞在者に」と聞くと、日本人にはまるで脱獄囚のように感じる人も少なくないと思います。しかし、法に照らせば犯罪であることには違いませんが、個人差や国民性を考慮することすらすっ飛ばして「犯罪者」のイメージをそのまま彼らの人間性に結びつける。その狭量は自分の首を締めるだけ。

にもかかわらず報道を見ていると、「逃走する=悪い人間 or 逃げるほど劣悪な職場環境だった」という単純な構図のように感じます。逃げたからといって職場環境が劣悪だとは限らないし、だからといって彼らが最初から逃走前提で日本にやってきたという訳でもないのです。もちろん、私利私欲のために人を利用した人間は法に則って粛々と罰を受けるべきだと思います。が、ケースバイケースであり、この価値観の違いを抜きに「●●が悪い」と決めつける。相手がベトナム人でも日本人でも、安易なレッテル貼りをする行為は、社会の分断につながります。

「逃げたからといって職場環境が劣悪だとは限らない」については、下記の記事が参考になります。

「実習生が逃げていく島」町民があえて監視を置かない「深い理由」 – withnews(ウィズニュース)

しかし、「素朴で、国民性が違うからしょうがない」と言うと実習生制度そのものが成り立ちません。そこで日本に来る前に「価値観の違い」を少しでも埋めるはずの存在がまさしく送り出し機関なのですが、果たしてすべてが真っ当に機能しているのでしょうか。

送り出し機関と協同組合の蜜月関係から生まれる「フィルター不全」

「青田買い」が存在するということはすでに書いた通りです。

つまり、選抜に際しての試験や面接の前に誰を日本に送るか、協同組合が「予約」する。それが可能な「裏口ルート」があるということです。小学校を卒業していなくとも渡ってこれたという話があるくらいですから、こうなってしまうともうフィルターとしてはザルもいいところで、機能していないことになります。これは受け入れ先の企業に対しても裏切り行為であり、またそんな状態で送り出される実習生にとっても不幸としか言えません。実を言えば私は当初、この問題の原因は「受け入れ先企業での差別意識が問題ではないか」と考えていたのですが、もっと根本的なところで問題があった、という訳です。

共同組合の実習生に対するケア不足も、すでに書いた通り。とくに信用を以て相談できる相手がいるかどうかは、外国人としてはかなり重要。私自身ベトナムで外国人をしていたので共感する部分です。そこで、職場環境に問題があり、仕事を選べる自由もなく、かつ相談も望めない場合は、残された道は逃走しかありません。その選択も取れなかった人が最後に取ってしまう手段が、自殺なのではないでしょうか。

SNS上の「実習生ネットワーク」で生まれる詐欺や違法就労

ベトナムはFacebook大国です。

そろそろ一億に届く人口に対して2人に1人以上がアカウントを持っていると言われ、スマホも当たり前に持ち、若い実習生ならほぼ全員が利用すると考えてよいかと思います。また、以前ベトナム人の友人から「ベトナムではウェブサイトへの信用度が低い」という話を聞いたことがあり、それもあってか一方のFacebook、つまり口コミに対する信用度が高いそうです。さらに、ネット上に限らず、たとえば自分の給料などのプライベートな情報をウェブで公開することに日本人と比べても抵抗が小さいと感じます。

すると何が起こるかというと、全国各地の実習生が自分の状況を共有しあう。「自分はこんな職場だ」「こんな街に住んでいる」「給与はこれくらいもらっている」と。そこでの悩み相談や情報共有に救われている人は多いのだと想像しますが、一方でいくらでも嘘がつけてしまう。実習生であれば転職ができないことは誰でも知っているはずですが、そこに「うちで働くともっと給料がもらえるよ」という違法就労への勧誘や、「家族に仕送りしてあげるよ」という代行詐欺もあり、その甘言に乗ってしまうのです

ベトナム人のセーフティネットは強固…では、ない。

とりわけ誰が悪いという話ではないですが、補足としてひとつ書いておきたいことがあります。

「実習生以外にもベトナム人は日本にたくさん住んでいるのだから、同じ国民同士助けられるのではないか?」と思う人がいるのなら、あいにくですが、それは簡単な話ではないと私は考えています。

同じ日本に暮らすベトナム人といっても、環境はさまざまです。実習生もいれば、留学生もいるし、それも日本語学校、専門学校、大学、などで家庭環境まで大きく違いがある。社会人にしても、最近転職でやってきたのか、昔から仕事で住んでいるのか、あるいは難民としてやって来たのか。など。

半世紀前まで南北に分かれて戦争してきた国ですから、とくにハノイとホーチミンの出身者同士はまったく確執がないとは言えません(当然個人差はありますし、気にしない人はまったく気にしません。おそらく親や親族の考え次第です)。海外に住む日本人でもたとえば駐在員と現地採用者で志向がまるで違ったりしますが、それが比にならないレベルです。ときには、幼少から過ごしてきた人生が違いすぎます。

そんな中、少なくとも「田舎から出稼ぎ目的で日本にやってきた」というイメージを持たれる実習生に対して、日新窟のチーさんのように救いの手を差し伸べる方もいれば、一方でベトナム全体のイメージを下げられることで実習生全体を疎ましく思う人もいるかと思います。そんな一枚岩と言える状況ではないからこそ、ネット越しでも同郷の人間を信じるし、そこで騙されたりもする、と私は考えています。

 

諸問題は日本人の身から出たサビ

最後に、思い切り私見を書きます(すでに書いていますが)。同意されなくてまったく構わない、もしかすると妄想かもしれない、不快だと感じる人もいるでしょう。それでも、私は事実だと確信しているので聞いてほしいことがあります。この実習生問題を辿れば、私は「日本人の身から出たサビ」だと思っています。

10年ほど前から言われはじめてきた「ブラック企業」や「パワーハラスメント」など日本がもともと持っていたひずみを、海の向こうからやってきた外国人労働者にそのまま押し付けた結果ではないか。残業時間の法規制、日本人自身の3Kを中心とした労働に対する忌避。そこで生産性を高めて経済状態を維持できればよかったものの、外国人労働者に頼らざるを得ず、彼らもその需要に応えた。そうして日本の社会に巻き込んで、誤解を恐れずに言えば、最終的に「自殺という文化」まで伝えてしまった。

それを抜きにして、「逃げ出すベトナム人実習生が悪い」「劣悪な環境でコキ使う雇用企業が悪い」「実習生制度と国が悪い」、とは……。言えないよな、と思っています。だからブラックな労働社会バンザイ! と言うつもりはないです。価値観は変わっている。ただ、もし実習生問題についてなにかを批判するなら、その自覚くらいは持ってほしいと思います。

これで「日本人全員に責任がある」というつもりは一切ありません。それはさすがに連帯責任意識が過ぎます。ただ該当する人には、「あなたが批難したり憐れんだりしている実習生問題は、日本人が働かなくなったことが背景にあるかもしれないんですよ」とは言いたい。日本人の労働環境の改善を求める一方で、外国人実習生問題を嘆く、そんな人がいるなら、そこはつなげておいてほしい。

そして、もしこの問題が解決せずに消滅することがあるとすれば、実習生がやってこなくなった&これなくなったとき。まだ、可能性としては低いことでしょうが、ベトナム人に嫌日感情が生まれ、日本人に嫌越感情が生まれ、需要が消えたときでしょう。そのときはもう簡単に後戻りできません。

そんな結末を望む人はいるんでしょうか?

 

自分で知ろうとするだけで全然いい

2018年12月、改正出入国管理法が成立しました。4月1日から施行され、これによって介護や建設など14業種を特定技能として新設、実習生ではなく、名実ともに労働者として受け入れることになります。

目標は5年間で34万人。国際貢献という建前の面からも必要だった、送り出し機関と協同組合を介さず企業が直接雇用することになります。そこで消える問題もあるでしょうが、新たに生まれる問題もあるでしょう。そして、これまで以上に深く広く日本の社会も経済も外国人に支えられていきます。良くも悪くも、日本はこれまで通りの日本ではいられなくなるはずです。いつかはだれもが他人事ではいられなくなるはず。

そのとき、お互いの文化を尊重できるか、はたまた憎しみ合うことになるか……。

多くの人にとって出来ることは、「偏見を持たずに知ろうとする」だけだと思います。ベトナム人実習生(労働者)のみならず、ほかの外国人もそうですし、もっと言えば、雇用している受け入れ先企業に対しても。送り出し機関も、協同組合も、すべてがすべて。こいつらは悪い、そいつらは良い、なんてことはあり得ない。この人は悪い、その人は良い、すらない。何度も書いていますが、この件についてもっとも厄介なことは、調べもしないで悪いものだと思い込む、体験なき偏見が広がることです

 

追記:

本文でベトナム人不法滞在者数について、

今も同じペースで増えているのなら、2019年1月には9,000人に膨らんでいることになり、中国と逆転する日も近い。

と書きましたが、3/26時点の報道で、11,131人という統計結果が……出典)。

本稿を端的に言い表わせば「伝聞や報道で偏見を持たないで」なんですが、この数字だけでも十分にネガティブな印象を与える力を持っています。問題自体の解決策としてはやはり、「ベトナム全体への実態の周知」、送り出し機関の「実習生候補者への教育」と「過剰な借金をさせないこと」、受け入れ先企業の「労働環境の改善」、協同組合の「実習生へのケア」、警察による「SNSのサイバーパトロール」と「違法就労や犯罪への手引き者の検挙」、あと願わくばベトナム人自身による「セーフティネットの構築」。最後はともかく、考えれば考えるほど、それぞれが役割を全うするしかないですよね……頭痛いなー。

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この記事を書いた人

ネルソン水嶋

ネルソン水嶋

ブロガー、ライター、編集者。2011年のベトナム移住をきっかけにはじめた現地生活を綴るブログ『べとまる』から『ライブドアブログ奨学金』『デイリーポータルZ新人賞』などを受賞を契機に、ライターに。2017年11月の立ち上げから2019年12月末まで、海外ZINEの編集長を務める。/べとまるTwitterFacebooknote

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