ザクロは由緒正しき神への供物、イスラエルはジュース天国

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※本記事は特集『海外の飲み物』、イスラエルからお送りします。

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イスラエルといえばジューススタンド

スターバックスがそのへんにあるのは今や世界的な現象だと思うのですが、それが当てはまらないイスラエルで(※後述)その役割を担っているのがジュース屋台と言えるでしょう。

いちおうコーヒーは日本のように日常的に消費されますし、地場系コーヒーチェーンの「cofix」という店がそこらじゅうにありますが、イスラエルの名物ドリンクとしては考えられていない様子。

テルアビブの路上にある一般的なジュース屋。ジャングルのように果物がどっさり並ぶプレゼンテーションが独特で、一目でそれとわかる。

テルアビブのメインストリートの交差点にあるジュース屋。観光客や通勤の人も買っていく。

バリバリの都会であるテルアビブでも果物ジュースの屋台は多く、路上や市場やショッピングモールなどの人が集まる場所にはほぼ必ずあります。目の前で果物を絞ってくれたりミキサーでスムージーにしたり、フレッシュが売りといった印象。

定番は、ざくろジュース、オレンジジュース、にんじんジュース、レモネードで、そこにパイナップル、バナナ、スイカ、りんご、デーツのスムージーなどが加わります。

テルアビブ最大の野外市場「カルメル市場/Carmel Market」のジュース屋台。ざくろ、にんじん、レモネード、オレンジ、その他、といったジュース屋台の平均値を示しているかのようなラインナップ。

イスラエル最南端のリゾート地「エイラート/Eilat」にある繁華街のジュース屋台。ざくろ、オレンジ、にんじん、りんご。最低限のニーズをカバーしたような印象。(後ろの冷蔵庫はコカコーラ)

※イスラエルのスターバックスに関して

スターバックスは2001年にテルアビブで6店舗オープンしましたが、2年後の2003年に完全撤退しています。理由はネット上で都市伝説化しており、「パレスチナ占領に関する政治的ボイコットが原因」「アラブ諸国での運営を円滑にするため」「トルココーヒーと比べたらコーヒー水だからウケない」など様々。

現在、スターバックスはHPで2点だけ明言する形で対応しています。「イスラエルの政府や軍への資金提供は無い」「イスラエル撤退は政治的理由ではなく運営上の問題が理由」という内容で、これらが事実上の公式見解となっています。

 

市場で圧倒的存在感を放つざくろジュース

店頭でプッシュされるざくろ

そんなジュース屋台が密集しているのが、テルアビブの観光名所にもなっているカルメル市場。約500メートル続くカルメル通り(HaCarmel Street)の両脇を埋め尽くすように屋台が並び、そのほとんどが食べ物を売っています。まさにテルアビブの台所といった様子で、東京・上野のアメ横や京都の錦市場に似た雰囲気です。

カルメル市場の様子。

ジュース屋台で(というかカルメル市場全体を見渡しても)目立っているのがざくろ。市場に入った途端、ジュース屋の店頭をざくろが占める面積が急増する印象。あまり何も考えずにカルメル市場を歩いたとしても、「とにかくざくろがいっぱいあったね」という印象を抱く人が少なくないのではと思います。

果物屋に並ぶざくろ。

ジュース屋台によくあるパターンのディスプレイ。ざくろは中身が見えるようにカットされている。(脳みそカットと私は勝手に呼んでいる)

積まれている場合もある。オレンジも脳みそカットされている。

「脳みそカットのざくろ=ざくろジュースありますのサイン」として機能しているように見える。

ざくろを全面的にプッシュするジュース屋台も。ざくろだけ「Pomegranate Juice/ざくろジュース」という英語表記が多い印象。

ここまでやられるとインスタじゃなくても映えてしまうディスプレイ。ちょっとオレンジが混ざるのはご愛嬌。

 

職人気質なざくろジュース専門店

ジュース屋台がこぞってざくろをプッシュし、値段はどこも一杯10シェケル(300円)ほどですが、中には職人気質な雰囲気のジュース屋台も存在します。宣伝はミニマムで空きスペースで勝手にざくろをしぼっているような佇まいで、値段は相場の2倍の20シェケル(600円)。うるさく声高にジュースを宣伝する典型的なジュース屋台とは真逆で、寡黙でたんたんと作業する姿も印象的。

職人っぽさがにじみでるざくろジュース専門の屋台。

手書きの看板には「FRESH Juice(フレッシュジュース)」とだけ書かれている。いちおうオレンジも申し訳程度にある。

注文を受けてからディスプレイのざくろを半分にカットして絞り機にかけ、原始的な作業でたんたんと絞り続ける。

しぼりたてのざくろジュース。酸味のあるすっきりした甘さで、みかんとぶどうを同時に皮ごと食べたような味。ギリギリ不愉快にならない程度のあじわいある渋みが特徴的。(偶然かもしれないが)ほかのジュース屋より圧倒的に美味だった。

ざくろの絞りかす。1杯でまるごと4個分くらいは絞っていた印象。(箱の隅にあるのは恐らくおっちゃんのにんじんジュース)

 

実は料理でも人気のざくろ

ざくろは絞ってジュースにする以外にも様々な方法で食されます。過食部分は中の赤いつぶつぶで、それぞれの粒がタネを包む果肉(仮種皮)という構造。臭いと有名なドリアンと同じしくみですが、ざくろは一粒が小さいのでタネごと食べられます。小粒なのでおかずやデザートのトッピングになったり、加工されて蜜やお酒として売られたり、汎用性の高い食材なのです。

さっきのざくろジュース専門店に売られていたざくろの実(15シェケル/450円)。スプーンで米のように食べる。フルーツとしては珍しいがこれがざくろのオーソドックスな食べ方。

レストランのシーザーサラダのトッピングにざくろ。定番ではないが珍しくもない。ざくろは小粒なので量が調整しやすい。

スーパーで瓶で売っているざくろの蜜。

コンビニで売られているカクテルのボトル。写真右の2本はざくろとオレンジが使用されたフレーバー。「コーシャ/Kosher」と書かれており、ユダヤ教の食の戒律の基準をクリアした飲料であることがわかる。

 

ざくろは聖書にも登場するイスラエルの最重要食材

実はイスラエルには、ヘブライ語の聖書に登場する「The Seven Spiecies/שבעת המינים」という、7つの特別な食材が存在します。日本語だと「伝説の七食材」のようにカッコよく言ってしまってよいかもしれません。

それらは小麦、オオムギ、ブドウ、イチジク、ザクロ、オリーブ、デーツ(ヤシの実)の7つで、古代エルサレムのエルサレム神殿で供物としても認められていた由緒正しき食材と言われています。現代のイスラエルではこれらの7つは日常的に見かけますし、よく食べられます。

七つの食材がデザインされたイスラエルの切手。1958年発行。

中でもざくろのプレゼンスは高めです。聖書でもたびたび登場し、大昔のユダヤ教の大祭司のローブの一部のデザインだったり、紀元前のエルサレムのソロモン神殿の柱(Boaz and Jachin)のモチーフだったとも考えられています。ユダヤの歴史における重要アイテムの筆頭モチーフというイメージで、ユダヤ人のアイデンティティを(少なからず)表すアイテムとしての地位を確立しています。

ざくろをモチーフにしたソロモン神殿の柱(Boaz and Jachin)のデザインの仮説(引用元)。

ざくろは縁起のいい食べ物で、大量のつぶつぶの実=豊作の象徴として考えられています。実の数に関しては、ユダヤ教の戒律の数(613)と同じという考えも存在します。現代でも、イスラエルの新年「ローシュ・ハッシャーナー/Rosh Hashanah」には、げん担ぎ的な意味でざくろを食べる習慣も。食べる際のスタンスは「鯛がめでたい」と似ている気がします。

イスラエルの新年のローシュ・ハッシャーナーはアダムとイブが生まれた日とも言われている。一説には「彼らが食べた禁断の果実=ざくろ説」も存在する。(The Garden of Eden with the Fall of Man/Peter Paul Rubens, Jan Brueghel the Elder/c. 1617)

ところで、イスラエルの新年はユダヤ暦なので西暦に換算すると毎年9月末〜10月ごろですが、これが奇しくもざくろのシーズン(9月〜2月)と一致。「今年もざくろが増えてきた」という感覚とともに新年を迎えるイスラエル人は少なく無いのではと思います。

もしかしたら、日本の正月のみかんにも通づる価値観がイスラエルのざくろには存在するのかもしれません。「イスラエルのざくろ=日本の正月の鯛&みかん」と言えるのではないでしょうか。

イスラエルのお正月シーズン(9月ごろ)からスーパーで目立ち出す、ざくろのポップアップ。

 

イスラエルの3大名物アルコール

飲食店のドリンクメニューやバーのカクテルは、欧米先進国と基本概念を共有していて特別な特徴はありませんが、「イスラエルのお酒」として王道をピックアップするとビール・ワイン・アラックの3つが挙げられます。それぞれ簡単に説明していきましょう。

 

イスラエルのビールといえば「ゴールドスター」と「マカビー」

どこの地域にも地ビールはあると思いますが、イスラエルでは「ゴールドスター/Goldstar」と「マカビー/Maccabee」 が特に有名です。どの店にもどちらかは絶対あると言えるくらい定番中の定番。ゴールドスターはコーシャ認定を受けたビールであり、イスラエルで最も売れているビールと言われています。

一般的なゴールドスターの瓶ビール。一人前330mlでコロナビールなどと同じ。

コップに注がれたマカビーのドラフトビール。(瓶ビールかドラフトビールかは店によるがどちらも等しく一般的)

どちらのビールもイスラエル最大のビール会社「テンポビール産業/Tempo Beer Industries」が販売していて、この一社でイスラエル国内のビール市場シェア7割を占めるとされています。「とりあえずビール!」をイスラエルでやると自動的にこれらのどちらかになる印象で、地ビールとして圧倒的な存在感があります。

 

イスラエルの蒸留酒といえば「アラック」

蒸留酒としてはアラック(Arak)が有名ですが、イスラエル以外でも中東や北アフリカで広く飲まれます。トルコでは「ラク/Raki」と呼ばれ、ギリシャの「ウーゾ/Ouzo」にもよく似た内容です。

アニスという香草の独特な風味が特徴で、日本で飲まれるお酒だとイエガーマイスターやアブサンといった類の癖の強い味です。イスラエルの飲食店で「イスラエルっぽいお酒をください」と言うとアラックを勧められることがしばしば。

イスラエルの人気ラッパー「Dudu Faruk」の「Arak Arak Arak」という曲。彼が握っているボトルがアラック。(1:00〜)

パレスチナのヨルダン川西岸地区の推しアルコールもアラックで、ベツレヘムで生産される「アラック・サバット/Arak Sabat」が有名(右から2本目の青いラベルのお酒)。イスラエルのアラックと比べ「パレスチナの地酒」という属性が強い。

 

イスラエルの地酒ポジションはワインであり、まちづくりの礎

ぶどうもざくろと同じく「The Seven Spiecies=伝説の7食材」のひとつであり、イエス・キリストが水をワインに変えた伝説の場所もイスラエルにあったりなんかして、なにかとイスラエルはワインゆかりの地だったりします。ローカルワインを揃えたレストランも多く、「中東っぽさ」ではアラックに引けをとりますが、ワインこそイスラエルにおける「美味しい地酒」ポジションと言っていいように思います。

イエスが水をワインに変えた「カナの婚宴/Marriage at Cana」の場面。イスラエル・ガリラヤ地方のカトリック教会「Kafr Kanna」での出来事とされるが、所在地に関しては諸説ある。ガリラヤ地方は現在もワイン生産が盛ん。

イスラエル国内外で人気があるワイン「Yarden」。ガリラヤ地方にある国内第3位の規模のワイナリ「Golan Heights Winery」で生産される。

ワイナリ(いうなれば酒造)そのものがイスラエルのまちづくりに関わっているケースもあります。例えば国内ワインシェア約50%を誇る「Carmel Winery」は、フランスのロスチャイルド家の「エドモンド・ベンジャミン・ジェームズ・ロスチャイルド/Edmond Benjamin James de Rothschild(以下:エドモンド・ロスチャイルド)」によって創設されています。

エドモンド・ロスチャイルドとぶどうがデザインされた過去のイスラエル紙幣。日本でいうところの夏目漱石のような人物(紙幣の肖像画という意味で)。(引用元

ワイナリのある「ジフロン・ヤコブ/Zikhron Ya’akov」という町の名前自体が彼の父の名前である「ヤコブ/Jacob」にちなんで命名されており、ワイナリありきで町が成立しています。ちなみにジフロン・ヤコブとは「Memorial Jacob/ヤコブ記念地」のような意味。人物が地名化してるのは他国同様で、イスラエルでは欧米人の名前が一般的です。

ジフロン・ヤコブの繁華街の様子。清潔で落ち着いた雰囲気で、休日は国内からの旅行客が多い印象。平均所得が国内平均と比べて10万円ほど高いことでも知られる。

地名に関する余談ですが、現代のイスラエルでは「ゴラン高原/Golan Heights」が「トランプ高原/Trump Heights」になったり、テルアビブの隣町に「トランプ広場/Donald Trump Square」が出現したりしています。どちらもアメリカとの関係が露骨に具現化した内容です。

2019年にイスラエルに誕生したドナルドトランプ広場は、トランプ大統領がエルサレムをイスラエルの首都と認めたことを讃えている。

 

実は一番人気はエナジードリンク

イスラエル名物というわけではないですが、街中でとにかくよく見かけるのがエナジードリンクの「XL」と「BLU」。どちらもポーランドの会社の商品ですが、イスラエルでは路上で飲んでいる人もよく見ますし、(幸か不幸か)捨てられた空き缶が圧倒的に多いのもこの2つ。

建築物に掲示されたXLの看板。

スーパーに並ぶXLとBLU。

車にひかれてぺちゃんこになったXL。(少なくともテルアビブでは)あるあるな光景。

ちなみにXLもBLUも、味はレッドブルに似ています(というかほぼ同じ)。BLUに関しては名前も似ているので、もはやレッドブルとして扱われることもあるほど。世界的な定番カクテル「Vodka Red Bull/レッドブルのウォッカ割り」をイスラエルでオーダーすると、ウォッカのBLU割りになることもしばしば。良心的なバーテンダーだと「BLUはレッドブルみたいなやつ! 同じやけど!」のように補足してくれますが。

いちおうレッドブルも売っているが一本9シェケル(270円)と高め。BLUは7シェケル(210円)、XLは4シェケル(120円)を切る場合もある。

XLとBLUは夜遊びする人に重宝されているイメージで、クラブでは「ごはんを食べると眠くなるけれど空腹だと元気が出ないからエナジードリンクを飲みつつ踊る」のような光景を見かけます。

ドイツ語で「狩りの達人」といった意味を持つリキュールのイエガーマイスターはパーティーピーポー御用達のようなイメージですが、テルアビブで夜の狩人が飲んでいるのはたいていXLやBLUです。意外にもガチ勢ほどお酒を飲なまい印象。

ゲイクラブでXLを摂取する男性。もはやアスリートなみの体調管理で、今夜にかけるケツ意表明が露わ。(イスラエルの詳しいLGBT事情はこちらの記事にて)

 

水やコーラがオーソドックスというスタンダード

最後にすこしだけ。ざくろジュースなどイスラエル特有のドリンクはあるものの、飲み物に対する基本概念はアメリカやドイツなどの欧米諸国とそこまで変わりません。コーラやスプライトなどは当然のようにどこにでもあり、ホテルの寝室に常備されるインスタントドリンクもだいたいコーヒーやお茶。

ホテルの寝室にあるのはだいたいインスタントコーヒー。

本場イタリアのあのエスプレッソも。

お茶の飲み方に関しても、食前か食後に温かいお湯でティーバッグで飲むのが一般的で、日本のように冷えた無糖のお茶をペットボトルで持ち歩くといった飲み方はふつう見かけません。あと、これを言っては元も子もないような気もしますが、結局イスラエルでいつも飲まれているのはコーラや水です

路上のカフェでさっきまで誰かが飲んでいたであろうコーラと水、そしてXL。ある意味、ざくろより生々しいイスラエルの光景。

「コカコーラとコーシャ料理あります」。ミニマルで全てが伝わる飲食店の掲示。

そして意外と、あれだけジュース屋で目立っていたざくろでさえ、レストランのドリンクメニューにはふつう登場しません。果物のジュースでいつもあるのはオレンジジュース、レモネード、にんじんジュース、りんごジュースなど。ざくろは間違いなくローカル食材ではあるけれど、なんだかんだちょっと特別扱いな気がします。日本でいう抹茶のような存在なのかもしれませんね。

スーパーに並ぶ定番はいつもレモネード、オレンジジュース、にんじんジュース。

ざくろもあるにはあるが、オレンジジュースよりは売れていない印象。左の黄色いジュースはデーツ・バナナ・りんごのミックスで、定番の組み合わせ。

イスラエルにおける「Macha」のプレゼンスは日本でのざくろより高い。イスラエルの大手スーパー「ティブタム/Tiv Ta’am」で売られる宇治抹茶梅酒。

余談になりますが、私の生まれ育った京都では来客に「お茶漬けいかがどすか?」とすすめて帰宅を促す文化があるみたいです(私は見たことが無い)。しかしイスラエルで食後にお酒のショットを勧められたら、それはきっとおひらきの合図です。イスラエルのイタリアンレストランでは食後にリモンチェッロのショットをふるまうのが定番で、これからその話をするのもよろしいが、今日はそろそろこのへんで宇治抹茶梅酒ショットでもいかがどす……?

 

 

編集:ネルソン水嶋

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この記事を書いた人

がぅちゃん

がぅちゃん

イスラエル・テルアビブ在住のネイティブ京都人。京都市立芸術大学卒業後、米国人の同性パートナーとベルリンに移住し、ライターとして活動を開始。旅メディア・世界新聞の編集長を経て現在に至る。日本、イギリス、カナダ、ドイツでの生活経験がある。ブログツイッターユーチューブ

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