イスラエルの定番ビーチリゾートかつ”秘境”?死海はまるで黄泉の国

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※本記事は特集『海外のビーチリゾート』、イスラエルからお送りします。

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テルアビブはまるで地中海リゾート、だけど死海は…

地中海沿岸に位置するイスラエルにはビーチリゾートが複数あり、西はテルアビブ、東は死海、最南端には紅海のエイラートが有名です。中でもテルアビブと死海は特に人気で、旅行客は必ず訪れると言っていいほどの観光名所ではないでしょうか。

テルアビブにあるこのビーチは「エルサレムビーチ」と呼ばれており、比較的観光客が多い。周辺にはホテルなどの宿もたくさんある。

テルアビブがある西側の国土は約190kmの海岸が続く「イスラエル海岸平野」と呼ばれており、イスラエルの地形が持つ特徴の一つ。つまり、ここは海の国なのです! そんな地理的環境のテルアビブは、まさに地中海リゾートといった雰囲気。

海岸沿いを走る車から見える景色。

そんなテルアビブとは真逆の環境なのが死海です。砂漠と岩山に囲まれた塩湖で、その真ん中を分割するようにイスラエルとヨルダンの国境が存在しています。南に下ったエンボケックという町はビーチリゾートとして整備されており、国内外の観光客に人気です。

死海とその周辺の地図。(死海の面積は縦50km×横15kmほど)・©OpenStreetMap

 

死海への道中はまるで”秘境”

ビーチリゾートのエンボケックはイスラエルの南部地区に属する街。南部地区の大半はネゲブ砂漠を有し、その面積は国土の半分を占め、人口密度は最も低いと言われています。ネゲブ砂漠の探索自体がイスラエルの人気アクティビティの一つなので、ある意味、死海に向かうこと自体が観光だとも言えます。

テルアビブから死海に向かう道中の景色。地中海とは真逆の風景が延々と続く。

ネゲブ砂漠には「ネゲブ・ベドウィン」と呼ばれるアラブ系遊牧民(ノマド)がイスラエル建国前から暮らしていることでも知られています。彼らはイスラム教徒ですがパレスチナ人とは異なるアイデンティティを持つとされ、イスラエルに暮らすマイノリティ集団の一つです。

ネゲブの車窓から:原付のごとく馬に乗る青年たち。(おそらく現代のネゲブベドウィンだと思われる)

荒野と岩山と砂漠が延々と続く道中の車窓の景色は、それ自体に見応えがあります。 この時は車で移動していたのですが、ふと外を見るとラクダが歩いていることも。これだけ見ると「海の国」とは信じられないような光景。

ネゲブの車窓から:人を乗せたラクダが歩道を歩く。これもおそらくネゲブベドウィン。

南部地区のネゲブベドウィンは約20万人(国民の2%)。彼らの約半数は政府認定のベドウィンの町に定住し、残りは独自の村で暮らしていると言われています。しかし村のほとんどは未認可で、イスラエルの法律上は違法居住という状況です。表現を変えると、ネゲブ砂漠には数万単位の違法居住者が点在していることになり、道中にその状況が垣間見えます 。

ネゲブベドウィンのものと思われる簡易住宅。子供の洋服やアラビア語の表記が見える。

「ビーチリゾートに行く」だなんて言うと何だかキラキラした響きがありますが、実際のところ、死海への道中の景色は「冒険にくりだす」といった表現のほうが似合っているような気もします

エンボケック周辺の景色:荒野、岩山、バス停、ヤシの木

 

田舎以上都会未満、それがエンボケック

秘境的景観に反して充実した観光地

自然豊かな南部地区にあり、かつ、世界一低い場所(後述)と言われる場所にエンボケックはあります。岩山に囲まれた景観はリゾートと言うよりもはや水辺の秘境。しかしプロムナード(遊歩道)などは観光地としてかなり整備されています。

エンボケックの死海、沖からの景色。岩山を背景にホテルが並ぶ。

ビーチ沿いのプロムナードは美しく整備されており、人工的な清潔感が漂う。

エンボケックのビーチ周辺のホテルにはスパ施設があり、たいてい1日利用券が売られています。料金にはホテルのプール&サウナ、シャワー&ロッカー、昼食が含まれ、日帰りで死海に来た人も遊べるようなサービスが提供されています。

エンボケックの「Crowne Plaza Hotel」のスパの受付にあるポスター。表記はヘブライ語、英語、ロシア語。

同ホテルの屋内プール。実は死海の水を使っており、ビーチに行かなくても浮ける。

余談ですが、「なぜロシア語?」と思う人がいるかもしれません。イスラエルは移民によってできた国なのですが、移民総数を出身国別で見ると最も多いのがロシア(ソビエト連邦含む)です。 テルアビブのスーパーなどでは、店員がロシア語で話しているということもしばしば。

ビーチで気づいたイスラエル人あるある

エンボケックには現地のイスラエル人も遊びにやってきます。彼らのビーチでの様子を見ていると、なんとなく「イスラエル人だなぁ」と感じることがあります(だからどうというわけではないのですが)。

イスラエルのビーチでよく見る簡易テント(矢印)。「Otentik」というイスラエルのブランドの製品。(一度も崩さずに組み立てられる人=ネイティブ説あり/自分調べ)

テント以外にも、個人的な感覚ではありますが、量産型のプラスチック椅子を並べて団らんしている印象もあります。そんな彼らを見ていると、えも言えぬ地元感を感じるのです(そもそもヘブライ語を喋っているという事実はさておき)。

エンボケックビーチで思い思いに過ごすイスラエル人。持参するテントとは違い、椅子はビーチに整備されている。

イスラエルでは、人が訪れるようなビーチはどこも均一に整備されていて、地元の人はだいたいそれを知っている。それゆえに、観光客と比べて物理的にも心理的にも軽装備な印象です。そんな佇まいから漏れる独特の地元オーラというのはあるのではと感じています。

テルアビブの海水浴場の様子。椅子はエンボケックと色違い。

海沿いでも砂漠の果てでもビーチの整備は均一。そんな環境に慣れている雰囲気の地元の人を見ていると、イスラエルではビーチに行くのが自然な習慣なんだなと思えることが多いです。(とはいえ外国人でも椅子は使いますし、椅子に特別なルールや使い方があるわけではないです)

安息日でも営業するビーチ周辺の商業施設

ビーチ周辺にはショッピングモールや売店などの商業施設がいくつかあり、ユダヤ教の休日「安息日」(後述)でも営業しているお店が多いです。観光客向けですが、ガチガチに力が入った感じではなく、肩の力が抜けたようなタイプが多くを占めます。取り扱っている商品は、お土産、サンダル、軽食、コスメなど。

エンボケックの簡易ショッピングモールの様子。看板の表記にはロシア語も記載されている。

ショッピングモールの中には、死海の泥を塗った気分が味わえる等身大パネル。「浮く」に並んで「泥を塗る」は死海の人気アクティビティ。

別のショッピングモールには、なんだか懐かしい孫悟空のような乗り物も。1回2セント(60円)。

ちなみにさきほどの安息日とは、ユダヤ教徒が労働してはいけない時間帯のことです。金曜夕方〜土曜夕方に当たり、この時間はほとんどの店が閉店します。しかしユダヤ教に関係がない店は営業しているので、彼らにとってはむしろ書き入れ時となります。安息日が営業日に反映されないお店が多いというエンボケックの環境は、テルアビブにも似ています。

安息日のランチ時に混雑するテルアビブのレストラン。アラブ系シーフードの「The Old Man and the Sea」というお店。安息日どころか繁忙期といった様子。

 

死海はまるで黄泉の国

世界一低い海で身体が浮くワケ

エンボケックは確かにビーチリゾート化することによって「はじめて文明が到来した」とも言える観光地なのですが、そもそもそれ以前にそこを秘境にいたらしめた世界一低い場所としても知られています。それは死海の水面が海抜マイナス420mと異常に低い位置に存在するためです。

死海の地形を簡略化した図。

この環境では、水が供給より早く蒸発して水中の塩分濃度が高くなるので、結果として物体が浮きやすくなります。その濃度は実に海水の10倍、生物が生きていけないため、死海と呼ばれているのです。

水中にたくさんある、砂利のような塩のかたまり。靴の中になだれ込んできて痛い。

要するに死海とは「地球の底で水たまりが乾いて塩になっていく=干からびている」のであって、その存在自体が死んでいくという意味でも死海と言えます。世界一深い谷で死んでいく……でもそのおかげで浮けるから観光事業が潤うという、ちょっと皮肉な現状がそこにはあります。

“あの世に行く”感じの霧深さ

しかし、そんな死海だからこその美しさがあります。地上ではありえないペースで霧が立ち込め、また視界が開けたりして、ビーチリゾートという文明としての存在に違和感さえ感じる、幻想的な雰囲気です。

エンボケックビーチの曇りの日の様子。奥にヨルダンとの国境がうっすら見える。(逝ってらっしゃい……と聞こえてきそう)

視界がくっきりすると見えてくるヨルダンとの国境。

水中には不純物がほとんど無いため、水の透明度は非常に高いです。死海で生物は生きていけないとはいえ、ここは地球だしやっぱり何かいるかなと探してみても何も……と言いたいところですが、蚊だけはいました。死海に浮いてるのは人間だけじゃないのです。

ときおり死海に浮いている蚊。サイズは日本の蚊と同じ。

底まで見える透明度。おしっこをすればバレるかもしれない。

浅瀬の色で我が家の”床”を思い出す

浅瀬では赤い砂と白い塩が混ざりあい、淡いクリーム色のような色彩が目立ちます。実はこの色はイスラエルの建築物にもよく使われる素材と同じ色で、私はこれを見たとき、イスラエルの自宅を思い出してほっこりした気持ちになりました。

死海の浅瀬。赤土と塩が混ざりあい、クリーム色になっている。

我が家の床(おかえりなさい)。エルサレムストーンという材質で、イスラエルの建築物によく使われる。

死海はイスラエルのナショナルカラー?

話がやや脱線しますが、実はエルサレムストーンはイスラエルで採掘され、昔から様々な建築物に使われています。種類や加工方法は様々ですが、赤みがかったクリーム色のものは「エルサレム・ゴールド・ストーン」などと呼ばれます。

エルサレムの聖地「嘆きの壁」は、全面エルサレムストーン。

エルサレムでは、建築物を建てる際にエルサレムストーンを利用することが法律で定められており、町中で「エルサレムゴールドストーン」を見ることができます。この独特な景観を指して「金の町」と呼ばれることもあります。

エルサレムの一般的なアパート。一階部分は「Mamilla Mall」というショッピングモールで、ZARAやアディダスなどがある。

ちなみにイスラエルのナショナルカラーは国旗にも採用されている「空の青」とされていますが、個人的にはエルサレムストーンのクリーム色もナショナルカラーとしても遜色ないと思います。(空はどこにでもあるけれど、クリーム色の家はそうはいかない)

土と空、金と青。エンボケックにはイスラエルのナショナルカラーがどちらもある。(でも金はちょっと言いすぎかなとも思う)

 

死海グッズと強引なキティちゃん

死海以外でも買える死海グッズ

最後にお土産について。イスラエルは国土が小さいためか(日本の四国ほど)、流通が行き届いている印象で、国内のいたる所で死海グッズが手に入ります。

テルアビブの人気観光地「カルメル市場」の屋台で売られる、コスメ系死海グッズの数々。死海周辺のお土産ショップより品揃えが多い。

エルサレムの旧市街でも同様の製品が売られている。

死海に行かなくても関連グッズがゲットできてしまうわけですが、やはり死海に近い観光地ほどそのジャンルが増える印象です。レアアイテムは死海周辺で出会う確率が高い。

死海付近の世界遺産「マサダ」で売られていた死海の食塩。テルアビブやエルサレムでは見たことがなく、食べる塩を見て珍しいと思えるのは塩にあふれる死海ならでは。

そのマサダで「ハードロックカフェ・エルサレム店」のシャツも手に入る。なおハードロックカフェはイスラエルには存在しない。

 

「イスラエルのスペシャルギフト」になったキティちゃん

死海グッズどころかそれ以外のお土産もだいたいどこでも買えるわけですが、そんなイスラエルのお土産ショップで度々見かけるのが、意外にもあのキティちゃんです。キティちゃんはイスラエルに公式に進出しており、イスラエルのコンビニなどでもよく見ます。

マサダで売られるキティちゃんのパズル。「スペシャルギフト・フロム・イスラエル ハローキティ in エルサレム」と書かれている。

キティちゃんはイスラエル出身ではないしマサダはエルサレムではないしハローはヘブライ語でシャロムだし、なんて野暮なことを言う気はさらさらないですが、70年前にイスラエルが誕生しなければ、キティちゃんがこんな僻地にまで来ることはできなかったでしょう。

エンボケックで売られるキティちゃんのマグネット。「←テルアビブ →エルサレム ↓エイラート」と英語で書かれてている。

 

死海は本当に死ぬのか?

しかしながら、国の発展に伴い水の需要量が高まって水位が著しく下がり、2050年までに干ばつする可能性も示唆されるほど死海は深刻な状況と言われています。キティちゃんを連れてきた文明がキティちゃんの居場所を無くしかねないという現象が起こっているのです。

リゾートではないエリアの死海。

とはいえ、水位に関しては国際的な救済作業が行われていますので、まだしばらくは本当に死ぬことはないでしょう。2050年になっても、塩辛い死海でい続けてほしいと願うばかりです。

そして最後に、死海は水難事故の数でも有名です。もし万が一行かれる場合は、整備されたビーチリゾートで、ルールを守って遊ぶことをお勧めします。誰も何も死なない死海が一番ですから。

エンボケックの、「水泳」を規制する看板。しかし「水浴び」はOK。

エンボケックビーチや周辺のショッピングモールの様子を動画でも紹介しています。ご興味のある方はご覧下さい。

 

 

編集:ネルソン水嶋

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この記事を書いた人

がぅちゃん

がぅちゃん

イスラエル・テルアビブ在住のネイティブ京都人。京都市立芸術大学卒業後、米国人の同性パートナーとベルリンに移住し、ライターとして活動を開始。旅メディア・世界新聞の編集長を経て現在に至る。日本、イギリス、カナダ、ドイツでの生活経験がある。ブログツイッターユーチューブ

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