日本の家電は斜陽化したのか? ソニーセンターの売却に見るドイツ市場
『ソニーセンター』はもうソニーのものではなかった
「ベルリンの観光って、何があるんですか?」と、よく日本の人から聞かれます。
これがいろいろあるんですよ。私はカフェやショップが並ぶエリアを散歩したり、アートに触れるのが楽しいと思うのですが、超王道な観光スポットと言えば……。
『ベルリンの壁』とか、
『ブランデンブルク門』とか。
世界遺産に登録されている『博物館島』とか、
ベルリンのランドマークのひとつ、『ソニーセンター』もその一つかもしれません。オフィスやレストラン、映画館などのエンターテインメント施設、住居などが集まった複合施設で、2000年のオープン時にはベルリンのメディアがこぞって紹介。「ここの住居は豪華億ション」「21世紀のトレンドセッター」など鳴り物入りでの登場でした。今もなお、年間約800万人が訪れるそうです。
複数のビルにまたがって山型の屋根が乗っかっているのがとても目立つのですが、これは富士山をイメージしたものと言われています。確かに、それっぽさはありますね。
なぜベルリンで富士山? それは、ソニーが日本の会社だからでしょうね。
しかしこのソニーセンター、じつはもうソニーのものではないんです。2008年にソニーはこの施設をモルガン・スタンレーなど計3社に売却、それから2010年には韓国の国民年金公団がここを購入し、現在の所有者となっています。
所有者は変われど引き継がれるソニーブランド
ソニーセンターがある場所はポツダム広場というところで、もともとベルリンの壁があり、東西ドイツ統一後に大規模な再開発が行われました。私は日本に住んでいた頃に何回かベルリンを訪れていますが、90年代頃は工事用の大きなクレーンが林立していて、見渡す限り工事現場というものすごい光景だったのを覚えています。
現在のポツダム広場には、ソニーセンターのほかにも著名な建築家の設計による高層ビルや、毎年2月に開かれるベルリン国際映画祭のメイン会場である「ベルリナーレ・パラスト」、世界最高峰の演奏が聴ける「ベルリン・フィルハーモニー」、新旧アートのコレクションを誇る「絵画館」「ノイエ・ナツィオナルガレリー」など、文化・商業施設が集中しています。古い町並みが続くベルリンでは珍しく、戦後のモダンな建築が並ぶ一角です。
そんなわけで、ポツダム広場は人気観光スポットの一つ。ソニーセンターにも多くの観光客が訪れていたので、ソニーセンターの売却は、当時大きな話題になりました。
ソニーがなぜこの施設を売却したのか、当事者以外にはわかるはずもありません。公式HPには「中期経営計画における、中核事業に注力していく方針に基づくもの」とありますが、経営が苦しくなったのか、それとも別の理由があるのか、これだけではわからないですよね。
でも、2000年に完成した比較的新しい建物を、たった8年後に売ってしまうのは、あまり前向きなイメージは持たれないと思います。当時、「ソニー、大丈夫かな……」と心配した人は、私の周りにもいました。ただし、それはおもにベルリン在住の日本人。地元に日本企業があればやはり気になるものです。一方でドイツでは、ソニーという企業の業績よりも不動産価格が注目されていました。
所有者が変わった現在も、『ソニーセンター』という名称はそのまま引き継がれています。売却後も引き続きこの名称を使うという合意があったそうですが、この名が既に定着しているということはもちろん、現在の所有者にとっても『ソニー』という名称にネームバリューを感じていたということなのかもしれません。
一方で、家電は? 日本のメーカーを探してみたら
ソニーセンターが売却されたのはもう10年前のことですが、2016年にはシャープが鴻海精密工業に買収されたことは記憶に新しいと思います。そのほかにも危機がささやかれているメーカーはありますよね。電化製品は日本の重要な産業。海外でも日本メーカーの製品に信頼が置かれていたからこそ、輸出に占める割合も高かったと思います。
その日本メーカーの代表格であるソニーの施設が売却される経緯を見ていると、業界全体に対しても不安に感じてきます。そこで、現在のベルリンの家電店にはどのくらい日本メーカーの家電が置いてあるのか、ちょっと確かめて来ました。
スマホ、テレビ、パソコンでは……日本の存在感は「控えめな印象」
店頭でまず目に入るのはスマホコーナー。目立つのはSamsung。それからHuawei。そして忘れちゃいけないAppleです。この3大メーカーがそれぞれ大きなコーナーを作っており、売り場を独占している状態。つまり、韓国、中国、アメリカ、3カ国の製品です。事実、ドイツ全国でのシェアもこれらが上位を占めています。その他のメーカーは数台ずつディスプレイされていて、その中にソニー製品を発見。パナソニックもありましたが、スマホではなく、なんと普通の携帯電話でした。
家電店で、スマホと並ぶ花形売り場といえばテレビコーナーでしょう。ここでも最初に目に入るのはSamsungとLGの韓国メーカー。そこから一歩下がった場所にパナソニックとソニーのテレビが陳列されていました。
パソコンは言うと、SamsungとAppleが圧倒的。あとはLenovoとhp、ASUSで、日本のメーカーはどこでしょう……。
日本が強い「意外」な製品
じゃあ、何の製品なら日本のメーカーが多いんだろう? と思って、探してみましたよ。圧倒的に日本メーカーが強かった家電、なんとそれは……ミニコンポ! ミニコンポですよ、あの、CDプレーヤー・ラジオ・アンプがコンパクトにまとまった。ヤマハ、オンキヨー、ティアック、パイオニア、ケンウッド(現在はJVCケンウッド)……ぜ〜んぶ日本のメーカーです。はるか昔、ちょっとだけオーディオに凝ったことがあったので、懐かしい名前が勢揃いという気がします。
なお、のちに分かったことなのですが、ティアックは音響機器事業をオンキヨー株式会社のドイツ子会社に譲渡、本体は米企業のギブソンの子会社になったそうです。
しかしミニコンポって、今の時代に買う人は多いんでしょうか……。ドイツでは日本よりもラジオを聴く家庭が多いように思うので、いくらか需要はあるのかもしれませんが。
そのほか、プリンタではキャノンとブラザーがけっこう幅を利かせており、カメラでは、ニコン、キャノン、ソニー、少しだけパナソニック。私もキャノンとソニーもカメラを愛用しています。ドイツと言えば、ライカやコンタックスを生んだ国ですが、今では日本メーカーが席巻している様子です(あ、でもソニーのレンズは、ドイツのカール・ツァイスブランドもありますね。ドイツ製ではないそうですが)。
ドイツ人は日本のメーカーをどう見ている?
実際に家電店で日本のメーカーに存在感を感じるのは、カメラとミニコンポ……なるほど、という気分です。では、それらの購入を検討する側のドイツ人は日本メーカーの製品を選ぶのか? 日本メーカーにどういうイメージを持っているのか? IT企業で働く男性に聞いてみました。
品質は認めるが、値段が高いし、最近の製品はおもしろくない。
日本の電機メーカーって、どんなイメージ?
例えば、ソニーの製品はどれも質がいいと思っているけど、持っている家電の中では一つもないね
どうして?
値段が高いからね
それは確かに否定できない……
カメラは人気があるけど、やっぱり高い。以前なら、ソニーのスマホは高くても面白いのを出してたと思うんだ。防水性能とかさ。だけど最近は新しい機種が出てないよね
なるほど……
ソニーといえば、やっぱりプレイステーションじゃない?
確かに〜。ゲーム売り場はプレステとXboxばっかりだよね
……というわけで、ソニーに限って言えば、「イメージはいいが値段が高いくて手が届きづらい」とのこと。これは会社の方針やマーケティングのテーマにつながるので、どこにターゲットを定めるか、それでいけるのかという話でしょう。
電化製品の「短命化」が日本メーカーにとっての逆風に?
ちょっと別のドイツ人にも聞いてみましょうかね。今度は、家電については特にこだわりはないという、食品メーカー勤務の人です。
日本の電機メーカーについてどう思う?
イメージはいいよね
でも見る機会は減ってるんだよね
それは、ドイツのカメラが国産品ばかりだった時代から、日本製に置き換わったことと同じことじゃない?
そう言われればそうかもね
ずっと勢いがあるものの方が珍しいと思うよ
ちなみに、自宅に日本メーカーの電化製品ってある?
テレビとミニコンポがソニー製だね
そこでどうしてソニーを選んだの?
昔なんで覚えてないけど……。でも、昔の電化製品って壊れにくかったし、壊れても修理に出してたよね。気のせいかもしれないけど、今の製品はすぐ壊れるように思うし、修理に出すよりも新品を買い直したほうが安かったりしない? どのみちそうなら、手頃な値段のを買っておこうと思うかな。特にスマホとかは、機能がどんどん進化するから、買い替えるスパンも短くなるものだし
電化製品の種類によって、価格とかメーカーを考えるって感じ?
そういうのはあるかもね
消費者の購入基準や購入方法も「時代」で変わる
ふぅむ。そのほかにも何人かのドイツ人に日本メーカーについて聞いてみましたが、みなさんいい印象を持っています。品質が悪いと思っている人はいませんでした。仮にこれまで日本のメーカーが品質で選ばれていたのだとしても、他国の技術も向上するのは明らかです。となれば、どこで勝負をすればよいのか?
漠然と感じたのは、家電業界の変化の速さです。時代が変われば、求められる商品の機能や価格帯も当然変わります。また、店頭だけでなくオンラインショップでの購入も当たり前になりました。インターネット上で多くの商品を一度に比較できて、購入者のレビューもすぐにチェックできるオンラインショップで買うことが増えれば、消費者にとっての購入基準もこれまでとは変わってくるでしょう。
世の中が速いスピードで変化している中で、市場に合わせた製品を常に出していくことは言うは易く行うは難し、なのでしょう。でもこのスピード感に合ったマーケティングというのが、もしかしたら大きな課題ではないかという気がします。逆に、時代に左右されにくい家電に特化していくというやり方も考えられるかもしれません。
1年後の売場は、さてどうなっているでしょうか。
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編集:ネルソン水嶋
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