“邦楽は今も昔もおもしろい!” 中国人青年の人生を変えたその魅力

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「邦楽」に詳しすぎる24歳の中国人青年

「今流れている曲は『光GENJI』の『パラダイス銀河』ですね」

業務中、ひと息入れているとそんなチャットが飛んできた。

葉濱(ヨウ・ビン)さんは私の中国人の同僚だ。光GENJIだけでなく、『安全地帯』や『中森明菜』、さらには『美空ひばり』など、24歳の、ましてや外国人だとは思えないほどに日本の昔の歌手や曲を知っている。先のチャットも、オフィスに流れているBGMへのコメントだった。

昔の曲だけではない。『Suchmos』や『雨のパレード』などここ最近で人気が出てきているバンドや、『乃木坂46』のようなアイドルまで、J-POPはそこそこ好きな方だと自負していた私よりも広く深く、邦楽シーンに精通している。

葉さんが持っている音楽グッズのごく一部を持ってきてもらった。中国で行われた日本人アーティストのライブチケットもすべて大事に取ってある。「雨のパレード」のオリジナルTシャツは、わざわざ日本に住む友人に頼んで郵送してもらったという。

日本ではいまだにCDの売り上げ枚数がヒットソングのイメージを左右するせいか、「最近の邦楽は毎回同じような曲が上位を占めていて面白みがない」という声も聞くこともあり、私にとって彼の存在はとても衝撃的だった。葉さんは、これほどまでの知識をどこから得ているのか、そしてどのようなきっかけでJ-POPに興味を持ったのか、それらを探るべくインタビューを行った。

 

邦楽の入口は、何気なく借りた『浜崎あゆみ』のDVD。

大学2年の終わり頃。隣のクラスの同級生が貸してくれた浜崎あゆみのライブDVD、それこそが葉さんがJ-POPにどっぷりと浸かるきっかけとなった一枚であった。

葉さん

当時はJ-POPに興味があったわけでも、浜崎あゆみが好きだったわけでもありませんでした。貸してくれるというので断る理由もなく、”じゃあ見るか”という軽いノリでしたね

海辺さん

浜崎あゆみの存在は知っていた?

葉さん

はい、知ってました。実は2002年ごろ、中国の国営放送であるCCTVで飲料水のCMに出ていたこともあって、中国国内でも彼女の知名度は高かったんです

当時、日本の芸能人が中国国営放送のCMに登場するほど日中関係が良好だったが、その後の外交問題で両国の関係は悪化。以来、日本のタレントやミュージシャンなどの有名人が中国のCMに登場することはなくなってしまったようだ。

海辺

そのDVDを見てどんなことを感じたの? 中国のライブとの違いは感じた?

葉さん

感じましたね。ステージセット、美術、音の響き、衣装、構成、パフォーマンスなど、全てのレベルが高く、そのダイナミックな演出は圧巻の一言で、一気に心を持っていかれました

さらにアンコールの場面では、たたみ掛けるようにさらなる感動が襲ってきたという。

葉さん

小室哲哉さん作曲のセブンデイズウォーを歌いながら、浜崎さんが感極まって号泣し、ダンサーたちも涙を流しながら力強いパフォーマンスを見せているんです。ファン、演者、会場全体が一体となっているこんなライブは、それまで中国では見たことがありませんでしたし、その後も見たことはありません。一言ではうまく言えないのですが……とにかく鳥肌が立つほど感動しました

その後すっかり浜崎あゆみファンとなった葉さんは、彼女がゲスト出演したバラエティ番組『SMAP×SMAP』を見て、SMAPにも興味を持つようになったという。

葉さん

のちに彼らがアイドルグループだと知ってとても驚きました。中居さんはプロの司会者だと思ったし、料理をつくっていた4人は本物のシェフだと思っていたくらいですから

同番組の名物コーナーであった『ビストロSMAP』のことだろう。中国ではアイドルが司会をしたり、ましてやプロ顔負けの料理を作ったりする場面を見たことがなかったという。

葉さん

アイドルがこんなにマルチになんでもこなしてしまうことに驚きました。コントもお笑い芸人かと思うほどレベルが高くて、日本の芸能人は多様性があり、仕事も幅広くこなすんだなって

海辺

私なんかは当たり前のように見ていたけど、言われてみると確かにすごいことだね。SMAP×SMAPのコーナーは完成度が高かったし、何より20年以上続いていたんだから。他に、映像から好きになったアーティストはいる?

葉さん

GLAYですね。2002年、彼らは北京で2万人ライブを行ったんです

海辺

私も記憶にあるな。日中関係もいいころだったよね

葉さん

就職活動がうまくいかなかった時期にそのときの映像を見る機会があったのですが、気づいたら涙を流していました

海辺

え、泣いたの??

葉さん

はい。映像の中では、日本人も中国人も関係なく、たくさんのお客さんが一緒に歌い、そして泣いていて。途中でGLAYのTERUさんが中国語で話す場面があったんですけど、厳しい顔で観客を向いてる警備員がたまらず振り返って微笑むんですね。警備員をも笑顔にしてしまう、その暖かいパフォーマンスに、僕も感動して泣いてしまったんです

 

それから過去のヒットソングをしらみつぶしに聴く日々

葉さんが大学生の頃ということは、今からたった3~4年ほど前の2014~2015年。つまりそれからほぼ13年前のJ-POPブームが遅れて彼にやってきたということになるが、それでも光GENJIや安全地帯などのアーティストまでカバーするきっかけとはなんだったのだろう。

葉さん

浜崎さんにハマった後は、とにかくオリコンランキングを年代別に調べてしらみつぶしのように聴いていきました。90年代のJ-POPは日本でも人気だったそうですが、僕も大好きで、『チャゲ&飛鳥』、『ミスチル』、『SMAP』、あとこれは2000年に入りますが『宇多田ヒカル』もよく聴きましたね。光GENJIは、飛鳥さんが楽曲を提供していたことで知ったんです

海辺

オリコンをしらみつぶし……すごい。ということは、ライブパフォーマンスだけでなく、メロディなども好きなのかな?

葉さん

はい。日本の曲は香港や台湾でもカバーされ、中国本土でも流れていたんです。『サザン』の『真夏の果実』、『kiroro』の『未来へ』、『中島みゆき』の『銀の龍の背に乗って』、などですね。これらは中国でも多くの人が知っています。ただ、それが日本の曲だとは知らない人も多いんですけど。自覚がなかっただけで、J-POPのメロディには子供のころから馴染みがあったのかもしれません

海辺

耳に心地いいとか、馴染みがあったという他に、どんなところに惹かれたんだろう

葉さん

緻密さと繊細さでしょうか。編曲が豊かで旋律が充実していて、中国にはない細かいこだわりが多いと思います。何より、ポップ、ロック、メタルなどのジャンルにかかわらず、良いものは積極的に取り入れる柔軟性です

海辺

柔軟性…。あまり気にしたことなかったな

葉さん

ソウルやブルースなどの歴史やルーツにこだわりがない分、面白い発想ができるし、ジャンルがはっきりとしていません。それが良くないと感じる人もいるかもしれませんが、中途半端ではなくクオリティはめちゃくちゃ高い。そこが日本の音楽の魅力だと思っています

海辺

ルーツがない、というのは私はマイナスとして捉えていたけど、そんな考え方もあるんだね。なんだか目から鱗

 

ある日本人旅行者との出会いがターニングポイントに

今でこそ日本語を流暢に話す葉さんだが、大学での専攻はドイツ語。彼がJ-POPにハマったきっかけには浜崎あゆみのライブDVD以外に、その直後のある日本人との出会いもあったという。

当時、東京大学に通う日本人2人と出会った場所は北京。現地の大学へ研修に来ていた彼らは、旅行中の葉さんにユースホステルで声をかける。中国語と英語を織り交ぜながら交流し、深夜までお互いのミュージックライブラリを見せ合ったり、日本の音楽などについていろんな話をした。

葉さん

当時は周りに日本の音楽について話せる人がいなかったこともあり、楽しくて夜通し喋っていたことをよく覚えています。その2週間ほどあとに、2人のうちの1人が僕の住む大連にも遊びに来てくれて、一緒に観光をしました

海辺

その後は?

葉さん

実はそれ以来会ってないんです。時々LINEやメールでやりとりはしていますが、いつか日本に遊びに行ってまた会いたいなと思っています

後にテレビ局のアナウンサーとなる日本人の友人(左)と大連にて。

日本の音楽、そして気の合う日本人との出会い。その2つが重なり、日本語の勉強を始めることになった葉さん。専攻していたドイツ語よりもすぐに時間を費やすことに。大学の日本語学科でアルバイトをはじめる傍ら聴講生として授業を受け、日本人留学生との勉強会にも参加するようになる。本業であるドイツ語のテストもあり、この頃は勉強漬けの毎日だったという。結果、3年足らずで会話も問題なくなり、日系企業へ就職し、今では日本語で接客の仕事をこなせるまでになった。

日本語勉強会の仲間たちと。前列左黒いTシャツが葉さん。

 

中国人青年の葉さん、日本のアイドルを語る。

葉さんの好きなグループの中には、アイドルの名前もよく出てくる。なにか一家言を持っていそうだ、聞いてみたい。

海辺

葉さんはアイドルも好きなんだよね

葉さん

アイドルというより、『乃木坂46』の場合は音楽と映像に惹かれました。元気を前面に出している訳ではなく、儚げな雰囲気と、ミュージックビデオの落ち着いたトーンが好きですね

海辺

アイドルにしてはめずらしく、スカートの丈が長めよね


葉さんお気に入りの動画・乃木坂46 『きっかけ』

葉さん

ほかに、アイドルとはちょっと違うかもしれませんが、『BABYMETAL』は日本でしか生まれ得なかったと思っています。アイドルっぽくもあり、メタルっぽくもあり、そのどちらでもない。いい意味であいまいな楽しさは日本の音楽のいいところだと思っています。それでも決してキワモノ扱いではなく、メタルの本場のイギリスでもブレイクしている

海辺

(BABYMETALの動画を見ながら)現地のファンもノリノリだなぁ


BABYMETALのイギリスでのライブパフォーマンス

葉さん

中国はジャンルをはっきりと分けることが多い気がするんですよね。それはアメリカも同じかもしれません

海辺

『BiSH』も今までのアイドルとは違ってパンクを取り入れてるよね

葉さん

そうですね。BiSHは最近聴き始めたのでそこまで詳しくないのですが、今一番ライブを見たいアイドルバンドかもしれません

海辺

それはどうして?

葉さん

アイドルとパンクは真逆のように思うんです。『ブルーハーツ』とアイドルの融合みたいなものですから。メタルよりもっと遠く離れているような。だからこそどういうことなのか意味がわからなくて(笑)……この目で見てみたいんですよね

葉さん

日本の音楽、そしてアイドルは、良い意味で独自の進化を遂げたと思うんです。アメリカやイギリスの真似じゃない、例えるなら、他国の食材や調理法を参考にしつつも、日本人の口に合うように別の料理をつくりなおしているような感じかな

中国版Twitterとも言われる「微博(weibo)」。なにせ人口13億人もいる中国。ファンで集めた情報量も桁違い。葉さんは、微博やQQ(LINEのようなアプリ)を使い、自国の邦楽ファンとも積極的に交流している。また、台湾の方に詳しい人がいて、ブログをよく見ているそうだ。

乃木坂46・白石麻衣推しのアイドル好きなだけだと思っていたが、熱い思いがあるらしい。

上海で行われた音楽フェスに、Suchmosのパフォーマンスを観に参戦。しかし、なぜか出演していない乃木坂46のTシャツを着て、白石麻衣のタオルを持っている葉さん。

 

あまりに長時間放送する、『あの歌番組』に驚いた

今年も残すところあとわずか。大晦日といえば、各局の視聴率が奪い合うといえど、やはり紅白歌合戦を思い浮かべる。中国には旧暦の大晦日に『春節聯歓晩会』(通称『春晩』)という中国版紅白歌合戦といわれる番組があるが、葉さんは見ないという。

海辺

日本の歌番組は見る?

葉さん

その年のトレンドが分かるので、FNS歌謡祭も紅白歌合戦も必ず見ます

海辺

春晩も見るの?

葉さん

子供のころはお笑いコーナーが面白かったので見てましたが、最近は全く見ないですね

中国の正月が「IT」と「富裕化」で超進化? 爆竹アプリや出前シェフなどの新商品も

上記は春節聯歓晩会についても取り上げた、春節の記事。

葉さんのような若い世代はどんどん「春晩離れ」が進んでおり、最近では視聴率もふるわないようだ。そこは日本の紅白にも通じるところがあるのかもしれない。

葉さん

春晩はコントや雑技、踊り、歌などと、色々なパフォーマンスを行いますが、日本のFNS歌謡祭や紅白は4~5時間に渡ってほぼ歌ばかりですよね。初めて見たときは「日本人はどれだけ音楽が好きなんだ」って思いました(笑)。今の時代に、歌だけでこれだけ長い時間放送できてしかも何十年も続いていることはすごいですよ、ホント

 

「邦楽は元気がない」? そんなこと、ぜんぜんない!

葉さん

上海では両国の関係が冷え込んだ時期と違ってふたたび、日本人アーティストの公演や、日本人アーティストが参加するフェスも増えてきましたが、中国全体としてはまだまだマイノリティ。なによりK-POPに押され気味で、J-POPを語れる友人が周りに少ない状況が淋しいんです

2000年代に入り、日中関係が悪化した時は入れ替わるようにK-POPが台頭し、日本の音楽を聴ける環境がさらに少なくなってしまったという。

葉さん

K-POPのパフォーマンスはすごいと思うのですが、やはり音楽がアメリカ的で、独自性が感じられないのであまり聴かないですね。そこへいくと、繰り返しになりますが、日本は昔も今もそれらを保ちつづけているところが一番の魅力です

海辺

「邦楽は最近元気がない」なんて言われているけど、どうなんだろう

葉さん

そんなことないです。CDの売り上げだけ見るとアイドルやアニメ曲ばかりの印象ですが、配信数で見ると、今年2月に発売されてからずっと上位をキープしている米津玄師の「Lemon」や星野源の「アイデア」など良質なポップスがたくさんありますよね

海辺

(ORICON NEWSを見ながら)……確かに。12位にランクインされている米津玄師の『LOSER』なんか2016年発売! 新曲に引っ張られる形で伸びたのかしら。CD売り上げで言うと、『NMB48』や『King&Princess』が上位なのに。全然違うものなんだね。ベストテン、トップテンを知っている世代には訳がわからないな……

葉さん

それだけじゃありません、ここ2年くらい前から世界的に『シティポップ』が”来て”います

海辺

シティポップ

葉さん

80年代くらいの日本の都会的なイメージを押し出した曲や、そのリミックスですね。YouTubeで竹内まりやの『Plastic Love』を検索したら驚きますよ。2017年の投稿からもう二千万回再生されていて、コメントも日本からの日本語は少なく世界各地からの英語ばかりです

海辺

なるほど、昔の邦楽が今になって海外から注目されているんだ

YouTubeで「citypop」と検索すると、楽曲やミックスリストがたくさん出てくる。

葉さん

昔はメディアが取り上げるものを一方的に知り、その中から気に入った曲のレコードなりCDなりを購入していたと思います。でも、今は膨大な量のMVがあり、より自分に合った曲を知ることができる。かなり選択肢が増えたわけで、音楽好きには嬉しい時代ですね

海辺

確かにレコメンド機能はかなり高性能で、自分にマッチした曲が表示される気がする

葉さん

そんな中、自分がハマっていったのが日本の音楽だったというわけです。30年前に生きていたらきっと普通にテレビやラジオで取り上げられる曲だけを聴いていたのではないでしょうか

新世代だけどどこか90~00年代の曲調を思わせるミュージシャンたちも。葉さんお気に入りの『あいみょん』。(本稿の入稿直後、紅白出場決定!)

 

将来は日本で音楽と関わる仕事をしたい

これほど邦楽を愛してくれている葉さん、将来の夢は何なのだろう。

葉さん

日本に行きたいです。社員旅行で1度行っただけなので。具体的な職業のイメージはまだ湧かないけど、邦楽の良さを中国に伝えていきたいんです。たとえば最近では、『avex』が『TikTok』に25000曲を開放したというニュースを見て驚きました

『TikTok』(中国名:抖音短視頻)とは中国が生んだ、大ヒット短編動画共有アプリケーションで、今や中国のみならず、全世界、そして日本でも若い世代を中心にムーブメントが起きている。

葉さん

avexはとても大きな会社なのに、いち早く流行をキャッチして柔軟に対応するのがすごいなと。浜崎あゆみさんが好きなこともありますが(笑)、特に好きなレコード会社です。自分もそんな風に、中国に日本の音楽を伝える一端を担えれば嬉しいと思っています

「邦楽の良さを中国に伝えたい」と語る葉さんだが、日本人の私でさえも、話を聞いているうちに「日本の音楽ってすごいんだなぁ」と感心し、葉さんにスッカリ感情移入してしまった。

最近はテレビ番組を中心に「日本スゴイ」ブームなど言われており、自らが「スゴイ!」と言って喜んでいるような状況を残念に感じているが、こうして冷静に外国人が日本について褒めてくれると素直に嬉しいし、それが本当の「日本スゴイ」なのではないかと思う。

とりあえず、ありがとう。そんな気持ちです。

 

 

編集:ネルソン水嶋

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この記事を書いた人

海辺 暁子

海辺 暁子

2016年より上海在住。日本にいるときから典型的なO型と言われ続けてきましたが、こちらにきてさらにO型っぷりに磨きがかかりました。色々なことが自由なので体重も順調に増してます。中国の家庭料理「宮保鶏丁」が好きすぎて、大量に作って冷蔵庫にストックするのが幸せ。

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