ユダヤの教えとイスラエル建国史が生んだ朝ごはん”イスラエリ・ブレックファスト”

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※本記事は特集『海外の朝食』、イスラエルからお送りします。

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朝食の代名詞「イスラエリ・ブレックファスト」

イスラエルの朝食といえば、もう名前からしてわかりやすい「イスラエリ・ブレックファスト」という料理があります。英語で書くと「Israeli Breakfast」で、そのまんま「イスラエルの朝食」と解釈できるメニュー。

内容を一言で説明すると「お惣菜盛り合わせプレート」となります。イスラエルで一般的に食べられる食材を一つのプレートでまとめて食べる料理で、レストランでは単品メニューとしても存在します。

イスラエルのレストランで提供される一般的な「イスラエリ・ブレックファスト」。これにパンと卵料理がついてくるのが通常。観光者も多いテルアビブのレストラン「Mezizim」にて。

「Mezizim」の様子。目の前にビーチがある。

イスラエリ・ブレックファストにはどんなお惣菜が含まれているのか。定番の組み合わせは「パン」「卵料理」「サラダ」「乳製品」「魚」の5つですが、それぞれの要素を伝統的な料理にしたり現代風のアレンジを加えたり、この枠組みの中で幅が生まれます。

いちおう「シリアルも含むべき」とか「パンはハラーブレッド(ユダヤ教食のパン)にすべき」とか「べき論」はありますが、絶対ではありません。

①乳製品(チーズ数種類)、②④その他惣菜(なす、タヒーニ※)、③魚(ツナ)。※タヒーニは中東のごまペーストで、イスラエリ・ブレックファストでは準レギュラー的存在(タヒーニについては以前書いた記事を参照)。

イスラエリ・ブレックファストについてくる、西洋的な普通のパン。バターとジャムとヌテラ(イタリアのチョコペースト)付き。

卵料理としてのオムレツ。イスラエルでは一般的な外見。アメリカンスタイルで「卵のパンケーキ」のような感覚。

ホテルの朝食ビュッフェでは、そもそも並んでいる具材がイスラエリ・ブレックファストの具材であることが多いので、皿によそえば自動的にイスラエリ・ブレックファストになるといってもよいかもしれません。

ハイエンド感漂う今時のイスラエリ・ブレックファストの例。あくまでも乳製品、魚、野菜である(卵料理は別途オーダー可能)。テルアビブの人気店「Cafe 65」にて。

パンは食パンかピタパンの究極の二択。(というのは冗談で、他の種類もちゃんとある)

 

食材の種類はユダヤ教の「カシュルート」が影響している

自由度が高いイスラエリ・ブレックファストですが、一つだけ決定的な特徴があります。それは、肉が含まれないという事。特に、コーシャ生物(後述)ではない豚肉の製品は採用されません(つまりベーコンやハムといった朝食の定番が皆無)。

肉がないので「なんとなくヘルシー」と解釈されることもあるのですが、本当の理由はユダヤ教の食のルール「カシュルート/Kashrut」によるものです。

食事をとるユダヤ教徒たち。イスラエルのホテルチェーン「ダン・ホテル/Dan Hotels」のダイニングルームにて。

カシュルートはユダヤ教の食の規定で、これに則って作った食品は「コーシャ/Kosher」と呼ばれます(生物としてコーシャかという段階から精査がある)。そしてユダヤ教徒は原則、コーシャ以外の食品を食べません。

ただし、イスラエルのユダヤ教徒の大半は「Hiloni(世俗主義の「世俗」の意味)」とカテゴライズされる中立派と言われているので、カシュルートが全てのユダヤ教徒に当てはまるわけではないです。

ダンホテルのビュッフェ。ラグジュアリーホテルらしい小綺麗なディスプレイ。

要するに、カシュルートに則って「コーシャ」と認定された食べ物だけ安心して食べられるのですが、豚肉はそもそもコーシャ生物でないのでNGです。食べ方にも制約があり、乳製品と肉を同時に食べることもNGです(胃の中で混ざってもダメ)。

ただし魚はカシュルートで「パルバ/Pareve(=中立)」とカテゴライズされている食材なので、乳製品と食べてもよいと言われています(それすらもダメと考える人もいる)。だから、イスラエリ・ブレックファストは乳製品に魚という組み合わせとなります。

ビュッフェの「ゲフィルテ・フィッシュ/Gefilte Fish」。世界中で食される魚のユダヤ料理で、つみれとかまぼこの間のような味。

カシュルートの制約の結果として、魚がイスラエリ・ブレックファストのレギュラーとして健在できるわけですが、中でも定番はニシンのピクルス、サバ、サーモンです(ツナだと今時感が増す)。

ニシンのピクルスは、現在もロシア、ドイツ、ポーランドなどで食べられます。そしてイスラエルは、これらの地域から移民してきた「アシュケナジ/Ashkenazi」と呼ばれるユダヤ人によって建国された国なので、ここには移民文化も反映されています。

①ニシンのピクルス、②焼きサバ、③サバのピクルス。(上の段も超定番。左から、トマト、焼きなす、カリフラワー)

ビュッフェのサーモン。塩漬けされたものは「ロックス/Lox」という呼び方もある。

イスラエルの大手スーパー「ティブ・タム/Tiv Ta’am」で売られる①ニシンと②サーモン。左下に写り込んでいるのはイクラ。どれもロシア系の食品。

イスラエリ・ブレックファストの魚は、「ユダヤ教を信仰しつつも異国でがっつり食べたい」という移民の想いを受け継いでいるようにも見えます。つまり、「ヘルシーを目指した」ではなく、「がっつりいきたいけどカシュルートだから限界ここ」の方が本音なのかもしれません

 

イスラエリ・ブレックファストの起源は「キブツ」というコミュニティ

キブツ(Kibbutz)は、イスラエルがまだオスマン帝国の一部だった1909年に、ロシア帝国からやってきた移民が作ったと言われるコミュニティです。最初のキブツは現在の「Degania Alef」という地域にあり、今もなお国内には273のキブツがあります(内、半数はイスラエル建国前に作られた)。

社会主義とシオニズム(現在のイスラエル建国の思想になった思想)の理想郷としての側面もあったようで、当時は農業が中心の生活だったそうです。肉体労働のハードワークに備えるための遅めの朝食(今でいうブランチ)をみんなで食べていたのが、イスラエリ・ブレックファストの原型と言われています。

キブツの簡易食堂で食事をとる住民。1953年。(出典

1948年のイスラエル建国後は、エルサレムホテル連盟(the Jerusalem Hotel Association)などの観光業界がホテルの定番メニューとして推進するなどの動きもあって、現在ではホテルのビュッフェとして定着しています。

イスラエリ・ブレックファストはロシア帝国の移民のキブツから始まり、観光事業とともに市民権を得た料理といえます。つまり、なるべくしてなった観光メニューとも言え、現在のイスラエルでは、観光客が来るお店には必ずあるようなメニューで、単品として夜でもオーダーできたりします。

現在では、レストランやホテルのビュッフェで食べるのも一般的。エルサレムのホテル「YMCA」のダイニングルームにて。

余談ですが、イスラエルの初代首相のダヴィド・ベングリオンが生涯を終えたのもキブツであり、その場所は現在、「Sde Bokel」という南部の名所になっています。また、キブツのひとつに、2019年に日本のテレビ番組『世界の村で発見! こんなところに日本人』で、お笑い芸人の千原ジュニアが訪れたことでも話題になりました。

キブツ「Sde Bokel」のベングリオンの家(Ben Gurion’s Hut/Ben-Gurion’s Desert Home)があるエリア。このエリアへの入場料は20シェケル/600円。

ベングリオンが妻と住んだ家の中も見学できる。一階建てで、一国の首相にしてはかなり質素。

そんな「Sde Bokel」は、このネゲブ砂漠の中にある。

 

朝食メニューの定番「シャクシューカ」

卵料理の「シャクシューカ/Shakshouka」も、イスラエリ・ブレックファストに匹敵する朝食の定番です。これら二つがイスラエルの朝食の二大メニューといえます。シャクシューカに関しては、朝食としてだけでなく、イスラエルの定番料理としてもほぼ必ず名前が挙がるメニューです。

一般的なシャクシューカ。トマトソース、卵、パセリという王道の見た目。テルアビブで人気の朝食専門店「ベネディクト」にて。

シャクシューカを一言で説明すれば「トマトソースで卵を煮込む料理」なのですが、その作り方は独特です。パプリカやクミンを加えたエキゾチックな風味のトマトソースを煮て、そこに直接、生卵を落として調理します。お店で注文すると「半熟 or 完熟?」のように卵の焼き加減を聞いてくれます(ちなみに上の写真は半熟)。

別のお店のシャクシューカ。やはりトマト、卵、パセリは同じ。ブランチが人気のテルアビブのレストラン「Cafe 65」にて。

シャクシューカは今でこそイスラエルの定番メニューですが、もともとは北アフリカ系ユダヤ人(マグリブ系ユダヤ人)の移民によってもたらされた料理と言われています

「マグリブ/Maghreb」とは北アフリカの地域一帯を総称する呼び方で、モロッコ、チュニジア、アルジェリアなどが含まれます。シャクシューカはイスラエル以外でも、北アフリカのアラブ諸国で広く食されますが、起源ははまだ不明(モロッコ説、イエメン説、スペイン説があるとは言われています)。

ビュッフェで大量生産されたシャクシューカ。エルサレムのホテル「YMCA」にて。

こぼれ話になりますが、トマトと卵を合わせた料理というのは、もはや中東や北アフリカという大陸を越えて、他の国にもよくあります。イタリアの「Uovo in Purgatorio」やメキシコの「Huevos Ranchero」は内容がとても似ていて、発想自体はニュートラルな料理と言えます。

コーシャ版・メキシカン・シャクシューカ。その正体は、メキシコ系アメリカ人の友人による創作料理、ユダヤ食のパン「マッツァー」を混ぜた「Huevos Ranchero」。

 

いまどきのイスラエルの朝食

イスラエリ・ブレックファストとシャクシューカ以外にも、様々な料理が食べられており、定番から変わり種まで多様なメニューを複数紹介します。現代のイスラエルの朝食文化をよく表していると言われるお店が、先ほども登場した「ベネディクト」と「Cafe 65」です。

 

24時間年中無休の朝食専門店「ベネディクト」

ベネディクトは国内に複数店舗があるレストランで、観光客にも地元の客にも人気のレストランです。私もよく行くテルアビブのロスチャイルド店では、週末のお昼時は行列ができるほど人気。

ちなみにお店の名前は、朝食として世界的にもよく食べられるエッグベネディクトが由来。中東の定番料理もあれば、ユニバーサルなメニューもあります。

ベネディクト店内の様子。週末の午前の様子。

単品のイスラエリ・ブレックファスト(パンとサラダ付き)。魚はほぼツナマヨネーズ。メキシコのガカモレのようなアボカドもついてくる。

ハムのエッグベネディクト。カシュルートで禁じられている豚肉だが、堂々と存在する。

変わり種の「モーニング・ラーメン/Morning Ramen」。67シェケル(2,010円)。トッピングには豚のベーコンとチーズが含まれる。禁忌のお手本のような一品で、この世の全てに挑戦的であるかのようなメニュー。

 

アップスケールな創作系ブランチが目玉の人気店「Cafe 65」

ベネディクトがカジュアル志向だとすれば、「65 Hotel」が運営する「Cafe 65」はアップスケールな料理が味わえます。週末のブランチのビュッフェはとても人気で、予約の取れないレストランとしても有名です。

洗練されたアバンギャルドというような、固定観念の一歩先を行くイスラエルの定番料理が味わえます。メニューはメインを一つ選んで、それに食べ放題がつくスタイル。

Cafe 65 の店内。年齢層も比較的若い。(風船は誕生日パーティを兼ねた女子会のサインとも捉えることができる)

グリーン・シャクシューカ。スイスチャード、ほうれん草、ヤギのチーズ(goat cheese)が含まれる。定番料理をグリーンに色変更するのは、おしゃれ化の傾向としてままある。

イラク系ユダヤ料理の「サビーフ/Sabich」が作れるコーナー。これも朝食の定番メニューで、ナス、ゆで卵、じゃがいも、タヒーニ、アムカ(マンゴーパウダーの酸っぱいソース)をピタパンに挟む。ちなみにアラビア語で「朝」が語源と言われる。

ニシンのピクルスのボウル(ピンポン球サイズ)。明らかにハイエンドでいつものと違うが、あくまでもイスラエリ・ブレックファストを念頭においたチョイスなのがわかる。

 

朝食に絶対のルールはない

イスラエリ・ブレックファストやシャクシューカよろしく、主にユダヤ教のカシュルートに則った食事が一般的ですが、現代のイスラエル人が絶対にそれだけを毎日食べるというわけではありません

これら2つは有名すぎて「朝食の定番メニュー頂上決戦」のような感じで、もう観光化したようなきらいがあります。つまり、毎朝わざわざ自宅でこしらえるものではないという感じです。

ユニバーサルな朝食メニューの「アボカドトースト」。ユダヤ料理のパン「ハラーブレッド」のトーストにアボカドや目玉焼きが乗っている。地元住民にも人気のテルアビブのレストラン「ビシクレッタ」にて。

週末のブランチ時のビシクレッタ。ユダヤ教徒が労働してはいけない「安息日/Shabbat」 でもオープンしている。

テルアビブではスーパーに行けば、豚肉のハムやベーコンも堂々と売っていますし、パンやシリアルの種類も豊富です。中東のピタパンもあればユダヤ食のハラーブレッドもあり、また食パンやブリトーの生地など他の種類のパンも売っているので、根本的な商品の内容はアメリカやヨーロッパのスーパーとあまり変わりません

イスラエルの大型スーパー「ティブタム」の入り口に立つ、初老の警備員。銃を携帯している。

ティブタムの肉売り場。「WE LOVE BEER」と英語で書かれている。

豚肉の品揃えも充実。なんとなく挑戦的なディスプレイ。

宗教上の戒律はあれど、イスラエルでは個人の食生活は完全に自由なので、「朝はシリアル」のような人もいます。私は朝、ジムに行くのでプロテインシェイクを飲んでいるのですが、そこに「コーシャ」の文字を見つけてハッとしたことがあります。確かにプロテインはホエイ(乳清)だから、なるほどなと。というか、ホエイプロテインを欲する(ユダヤ教徒)がいるんだなと。

コーシャ認定を受けた、ホエイプロテイン。2.27kgで200シェケル(6,000円)。ユダヤ教を信仰する、どこかのトレーニー(筋トレをする人)を想う。

この “コーシャフード” が私の朝食。どこの国でも変わらない、安定の「プロテイン」の味がする。

 

ユダヤ教徒の食生活は必ずしも特別ではない

イスラエルのコーシャ料理といえば、ユダヤ教徒のための神聖な料理のようなイメージがあるかもしれません。しかし都市部で「コーシャ料理」とは、カシュルートの制約を守っただけの普通の現代的な料理であることも多いです

コーシャステーキハウスのステーキ。肉の処理方法(血抜き)や食材の選別以外に違いがない。見た目と味は、普通のおいしいステーキ。

イスラエルのユダヤ人は人口の約7割を占めますが、ユダヤ教を実践しているのはそのうち約半数と言われています。つまりイスラエル人の大半がユダヤ教を実践していないことになります。もしかしたら、現代のイスラエル人の大半にとって「コーシャ」とは「無農薬」くらいの印象なのかもしれません

朝に売られる、肉なしのコーシャピザ。24時間営業のコンビニチェーン「am.pm」にて。

 

 

編集:ネルソン水嶋

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この記事を書いた人

がぅちゃん

がぅちゃん

イスラエル・テルアビブ在住のネイティブ京都人。京都市立芸術大学卒業後、米国人の同性パートナーとベルリンに移住し、ライターとして活動を開始。旅メディア・世界新聞の編集長を経て現在に至る。日本、イギリス、カナダ、ドイツでの生活経験がある。ブログツイッターユーチューブ

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