ユダヤの教えとイスラエル建国史が生んだ朝ごはん”イスラエリ・ブレックファスト”
※本記事は特集『海外の朝食』、イスラエルからお送りします。
朝食の代名詞「イスラエリ・ブレックファスト」
イスラエルの朝食といえば、もう名前からしてわかりやすい「イスラエリ・ブレックファスト」という料理があります。英語で書くと「Israeli Breakfast」で、そのまんま「イスラエルの朝食」と解釈できるメニュー。
内容を一言で説明すると「お惣菜盛り合わせプレート」となります。イスラエルで一般的に食べられる食材を一つのプレートでまとめて食べる料理で、レストランでは単品メニューとしても存在します。
イスラエリ・ブレックファストにはどんなお惣菜が含まれているのか。定番の組み合わせは「パン」「卵料理」「サラダ」「乳製品」「魚」の5つですが、それぞれの要素を伝統的な料理にしたり現代風のアレンジを加えたり、この枠組みの中で幅が生まれます。
いちおう「シリアルも含むべき」とか「パンはハラーブレッド(ユダヤ教食のパン)にすべき」とか「べき論」はありますが、絶対ではありません。
ホテルの朝食ビュッフェでは、そもそも並んでいる具材がイスラエリ・ブレックファストの具材であることが多いので、皿によそえば自動的にイスラエリ・ブレックファストになるといってもよいかもしれません。
食材の種類はユダヤ教の「カシュルート」が影響している
自由度が高いイスラエリ・ブレックファストですが、一つだけ決定的な特徴があります。それは、肉が含まれないという事。特に、コーシャ生物(後述)ではない豚肉の製品は採用されません(つまりベーコンやハムといった朝食の定番が皆無)。
肉がないので「なんとなくヘルシー」と解釈されることもあるのですが、本当の理由はユダヤ教の食のルール「カシュルート/Kashrut」によるものです。
カシュルートはユダヤ教の食の規定で、これに則って作った食品は「コーシャ/Kosher」と呼ばれます(生物としてコーシャかという段階から精査がある)。そしてユダヤ教徒は原則、コーシャ以外の食品を食べません。
ただし、イスラエルのユダヤ教徒の大半は「Hiloni(世俗主義の「世俗」の意味)」とカテゴライズされる中立派と言われているので、カシュルートが全てのユダヤ教徒に当てはまるわけではないです。
要するに、カシュルートに則って「コーシャ」と認定された食べ物だけ安心して食べられるのですが、豚肉はそもそもコーシャ生物でないのでNGです。食べ方にも制約があり、乳製品と肉を同時に食べることもNGです(胃の中で混ざってもダメ)。
ただし魚はカシュルートで「パルバ/Pareve(=中立)」とカテゴライズされている食材なので、乳製品と食べてもよいと言われています(それすらもダメと考える人もいる)。だから、イスラエリ・ブレックファストは乳製品に魚という組み合わせとなります。
カシュルートの制約の結果として、魚がイスラエリ・ブレックファストのレギュラーとして健在できるわけですが、中でも定番はニシンのピクルス、サバ、サーモンです(ツナだと今時感が増す)。
ニシンのピクルスは、現在もロシア、ドイツ、ポーランドなどで食べられます。そしてイスラエルは、これらの地域から移民してきた「アシュケナジ/Ashkenazi」と呼ばれるユダヤ人によって建国された国なので、ここには移民文化も反映されています。
イスラエリ・ブレックファストの魚は、「ユダヤ教を信仰しつつも異国でがっつり食べたい」という移民の想いを受け継いでいるようにも見えます。つまり、「ヘルシーを目指した」ではなく、「がっつりいきたいけどカシュルートだから限界ここ」の方が本音なのかもしれません。
イスラエリ・ブレックファストの起源は「キブツ」というコミュニティ
キブツ(Kibbutz)は、イスラエルがまだオスマン帝国の一部だった1909年に、ロシア帝国からやってきた移民が作ったと言われるコミュニティです。最初のキブツは現在の「Degania Alef」という地域にあり、今もなお国内には273のキブツがあります(内、半数はイスラエル建国前に作られた)。
社会主義とシオニズム(現在のイスラエル建国の思想になった思想)の理想郷としての側面もあったようで、当時は農業が中心の生活だったそうです。肉体労働のハードワークに備えるための遅めの朝食(今でいうブランチ)をみんなで食べていたのが、イスラエリ・ブレックファストの原型と言われています。
1948年のイスラエル建国後は、エルサレムホテル連盟(the Jerusalem Hotel Association)などの観光業界がホテルの定番メニューとして推進するなどの動きもあって、現在ではホテルのビュッフェとして定着しています。
イスラエリ・ブレックファストはロシア帝国の移民のキブツから始まり、観光事業とともに市民権を得た料理といえます。つまり、なるべくしてなった観光メニューとも言え、現在のイスラエルでは、観光客が来るお店には必ずあるようなメニューで、単品として夜でもオーダーできたりします。
余談ですが、イスラエルの初代首相のダヴィド・ベングリオンが生涯を終えたのもキブツであり、その場所は現在、「Sde Bokel」という南部の名所になっています。また、キブツのひとつに、2019年に日本のテレビ番組『世界の村で発見! こんなところに日本人』で、お笑い芸人の千原ジュニアが訪れたことでも話題になりました。
朝食メニューの定番「シャクシューカ」
卵料理の「シャクシューカ/Shakshouka」も、イスラエリ・ブレックファストに匹敵する朝食の定番です。これら二つがイスラエルの朝食の二大メニューといえます。シャクシューカに関しては、朝食としてだけでなく、イスラエルの定番料理としてもほぼ必ず名前が挙がるメニューです。
シャクシューカを一言で説明すれば「トマトソースで卵を煮込む料理」なのですが、その作り方は独特です。パプリカやクミンを加えたエキゾチックな風味のトマトソースを煮て、そこに直接、生卵を落として調理します。お店で注文すると「半熟 or 完熟?」のように卵の焼き加減を聞いてくれます(ちなみに上の写真は半熟)。
シャクシューカは今でこそイスラエルの定番メニューですが、もともとは北アフリカ系ユダヤ人(マグリブ系ユダヤ人)の移民によってもたらされた料理と言われています。
「マグリブ/Maghreb」とは北アフリカの地域一帯を総称する呼び方で、モロッコ、チュニジア、アルジェリアなどが含まれます。シャクシューカはイスラエル以外でも、北アフリカのアラブ諸国で広く食されますが、起源ははまだ不明(モロッコ説、イエメン説、スペイン説があるとは言われています)。
こぼれ話になりますが、トマトと卵を合わせた料理というのは、もはや中東や北アフリカという大陸を越えて、他の国にもよくあります。イタリアの「Uovo in Purgatorio」やメキシコの「Huevos Ranchero」は内容がとても似ていて、発想自体はニュートラルな料理と言えます。
いまどきのイスラエルの朝食
イスラエリ・ブレックファストとシャクシューカ以外にも、様々な料理が食べられており、定番から変わり種まで多様なメニューを複数紹介します。現代のイスラエルの朝食文化をよく表していると言われるお店が、先ほども登場した「ベネディクト」と「Cafe 65」です。
24時間年中無休の朝食専門店「ベネディクト」
ベネディクトは国内に複数店舗があるレストランで、観光客にも地元の客にも人気のレストランです。私もよく行くテルアビブのロスチャイルド店では、週末のお昼時は行列ができるほど人気。
ちなみにお店の名前は、朝食として世界的にもよく食べられるエッグベネディクトが由来。中東の定番料理もあれば、ユニバーサルなメニューもあります。
アップスケールな創作系ブランチが目玉の人気店「Cafe 65」
ベネディクトがカジュアル志向だとすれば、「65 Hotel」が運営する「Cafe 65」はアップスケールな料理が味わえます。週末のブランチのビュッフェはとても人気で、予約の取れないレストランとしても有名です。
洗練されたアバンギャルドというような、固定観念の一歩先を行くイスラエルの定番料理が味わえます。メニューはメインを一つ選んで、それに食べ放題がつくスタイル。
朝食に絶対のルールはない
イスラエリ・ブレックファストやシャクシューカよろしく、主にユダヤ教のカシュルートに則った食事が一般的ですが、現代のイスラエル人が絶対にそれだけを毎日食べるというわけではありません。
これら2つは有名すぎて「朝食の定番メニュー頂上決戦」のような感じで、もう観光化したようなきらいがあります。つまり、毎朝わざわざ自宅でこしらえるものではないという感じです。
テルアビブではスーパーに行けば、豚肉のハムやベーコンも堂々と売っていますし、パンやシリアルの種類も豊富です。中東のピタパンもあればユダヤ食のハラーブレッドもあり、また食パンやブリトーの生地など他の種類のパンも売っているので、根本的な商品の内容はアメリカやヨーロッパのスーパーとあまり変わりません。
宗教上の戒律はあれど、イスラエルでは個人の食生活は完全に自由なので、「朝はシリアル」のような人もいます。私は朝、ジムに行くのでプロテインシェイクを飲んでいるのですが、そこに「コーシャ」の文字を見つけてハッとしたことがあります。確かにプロテインはホエイ(乳清)だから、なるほどなと。というか、ホエイプロテインを欲する(ユダヤ教徒)がいるんだなと。
ユダヤ教徒の食生活は必ずしも特別ではない
イスラエルのコーシャ料理といえば、ユダヤ教徒のための神聖な料理のようなイメージがあるかもしれません。しかし都市部で「コーシャ料理」とは、カシュルートの制約を守っただけの普通の現代的な料理であることも多いです。
イスラエルのユダヤ人は人口の約7割を占めますが、ユダヤ教を実践しているのはそのうち約半数と言われています。つまりイスラエル人の大半がユダヤ教を実践していないことになります。もしかしたら、現代のイスラエル人の大半にとって「コーシャ」とは「無農薬」くらいの印象なのかもしれません。
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編集:ネルソン水嶋
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